一夜



「オイ、オイ総悟、起きろてめェ」
 ――あー、土方さんの声がする。もう起きたんですかィ? 昨夜は遅かったんだからもう少し寝かせて下せェよぅ。そりゃ土方さんは酒飲んでとっとと寝ちまってたからいいでしょーけど、俺ァ重労働につぐ重労働で疲れてるんでさァ。
「チッ、なんだこの状態はよぉ……ッ頭いてぇ……っ」
 ――宿酔いとは格好悪ぃや土方さん。声も掠れてるぜ?
「起きろこのアホ、……あー、ったく」
「あ」
 ごろん、と天地がひっくり返ったので目を開けたら、黒髪を少し跳ねさせた男の仏頂面が見えた。
「オハヨウゴザイマスヒジカタサン」
「おはようじゃねぇ。ちゃんと起きろ」
 土方さんが脅すものだから、俺はよっこいしょ、と起きあがる。
「んん〜? 土方さん、着替えの途中ですかィ」
「こりゃあてめーの仕業か? ――そうだよなオイ」
「はて? 記憶にございやせんが」
 無意識って恐いもんで、土方さんの着ていた服は前がすっかりくつろげられていた。俺の仕業かなあやっぱり。くあ、と欠伸をしたら土方さんの苛々が肌に突き刺さってくるのを感じた。
「スッ惚けやがって、てめーの指はしっかり俺のシャツを掴んでたぜ」
「……掴んでませんぜィ?」
 空いた手をひらひらと振ってみせれば、土方さんはチッと舌打ちした。
「もういい、俺は顔洗ってくるからちょっと待ってろ」
 ズカズカと荒い足音が遠ざかっていくのを聞きながら、俺はパタリと布団に倒れた。まだ温かいから、すぐにでも眠れそうだと思ったのにそれは叶わなかった。遠くから聞こえた「なんじゃこりゃァ!」という叫びと、バタバタと走ってくる足音に、俺の中で「面白そう」と回路が働いたからだ。ぬくい布団に別れを告げて起きあがった途端、土方さんが部屋に駆け込んできた。
「総悟ォ! お前かァ!!」
「そんなに喚くと宿酔いに響きますぜ」
「うるせえ! てめー、これは何だ!」
 あんなに怒鳴ったら頭が痛いだろうに、土方さんは構わず手にした物を突きつけた。
「何って、桜ですぜ。耄碌しちまったのかィ土方さん」
「んなもん解っとるわァ! ――てめー、折ったのか? 折ったんだな!?」
「見くびらねぇで下せェよ、ちゃんと刀でばっさりと斬りやしたぜ」
「それも折ったっていうんだよボケェ!」
 激昂する土方さんの手には昨夜の桜の枝が一振り。手水桶の中につけておいたから、顔を洗う時に気付いたのだろうが。――もうすこし喜べばいいのに。
「仮にも真選組の隊長が、花盗人かよ……」
 土方さんは憔悴した様子で眉間を押さえていた。宿酔いなのに叫ぶからですぜ。それに、
「心配するねィ土方さん。花盗人は処罰されねぇっていうありがたーい法律が――」
「ンな法律ぁねェよ! オイ、ところでこれどっから持ってきた」
「覚えてねぇんですかィ?」
 あ? と土方さんは怪訝な顔をする。
「だから酒には気をつけろっていっつも言ってたじゃねぇですかィ」
「言われてねーよ!」
「土方さんも一緒に見たんですがねィ」
「勿体ぶるな、さっさと言え」
 俺はやれやれと肩をすくめた。
「ここに来る途中の、でっかい屋敷の庭に咲いてたんでさァ。塀の中から枝が伸びてやしたんで、ちょいと拝借したまでで」
 土方さんの顔色が変わった。てめーあれは天人の息がかかってる幕府筋のモンのとこじゃねーか。と、そう言った土方さんの表情は、怒っているというよりはむしろ、
「愉快そうですねィ」
 そう指摘すると、土方さんは急に顔を引き締め「バカヤロー」とひとこと宣った。




040527
ありえないくらいに土方に甘い沖田ですスミマセン(願望です)
おんぶとか撫でこに、近藤の影を感じてもらえたら良いなと思います。
次はレッツ苛めで!

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