「イチゴとミルクとチョコレート」本文サンプル

 



「トシ――」
「断る」
「ちょっ、早っ! まだ何も言ってないよ!?」
 近藤勳の言葉は最後まで言い終わることなく土方十四郎によりすげなく却下された。慌てる近藤とは対照的に、まだ年若い青年が蔑みの視線を土方へ送る。
「何わがまま抜かしてんでィ。編集長命令は絶対ですぜ」
 そんなことは百も承知だ。それでも。それでも素直に言うことを聞けないのは、性分だけの問題ではなかった。
「トーシー。頼むよー。原稿、取りに行ってェエエ」
 両手を合わせて懇願する近藤の台詞は土方の予想を裏切らなかった。できれば裏切って欲しかったのだが。
「よーしじゃあ総悟行ってこい」
 そう言って先程冷たい視線を寄越した青年へと転嫁すれば、こちらも予想通りの返答。
「何言ってんでィ。先方は土方さんをご指名なんだろィ。だからとっとと行けよ土方コノヤロー」
「そうそう。それに総悟君は出禁になってるからね」
「お前何したの」
『出禁』とは言うまでもなく『出入り禁止』のことだ。それ相応の理由が無ければまず言い渡されることなどない。
 土方の問いに沖田はその童顔を歪ませ笑ってみせた。なまじ見た目が整っている分、性質が悪い。ドS王子という渾名は伊達ではないというわけだ。聞いても後悔するだけに思えたのでそれ以上詮索するのは止した。
「ていうかわざわざ取りにいかんでも、データ化して送ってもらえば良いじゃねえか」
 土方の言い分は尤もだったが、駄目駄目と近藤が首を振る。
「先方はトシに取りにこいって言ってるんだよ。じゃないと原稿渡さないって」
 ゴリラに似た大男が両手で顔を覆い、わっとわざとらしい泣き声をあげた。泣き落とそうという魂胆だろう。それは重々解っているのだが、乗らないという選択肢は残されていないようだった。
「あーもう解ったよ! 行ってくりゃいいんだろ」
「トシィイイ! ありがとう!」
「最初から素直にそう言やいいんでさァ。もったいぶりやがって土方コノヤロー死ね」
「お前が死ね沖田ァア!」
 素直に――むしろ大げさに喜びを表現する近藤に比べ、あくまでも可愛げの無い台詞をぶつけてくる沖田が腹立たしい。しかし悪口に悪口で応対したところで塵一つ分もダメージを与えることは無いのだ。土方は小さく舌を打つ。
「あ、イチゴ牛乳忘れないでね。あと、甘いものも」
 土方が説得に応じたのでほっとした近藤が思い出したように注文を重ねる。
「わかってるよ」
 素っ気なく返事した土方に尚も近藤は続けた。
「ホントによろしくね! 坂田先生のこと!」


冒頭

 


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