「スターマイン」本文サンプル

 


「古今東西、花火大会ってったらデートの定番だろ。永遠不変の鉄板だろ。いつもと違う浴衣姿のあの子にドキッとしつつ、夜店をちょーっと冷やかして、花火を見るあの子の横顔にムラムラしちゃって、盛り上がる気持ちにあの子の警戒心も緩んだところに締めはそこらの草むらでアハンウフンってェのが伝統的な日本の夏ってやつじゃねェの!? ま、今の若者はァ? 茂みじゃなくてホテルへ直行かもしれないけどォ? 銀さんは断然開放的な空の下を支持します! 誰かに見られるかもーっていうスリリングさに恥じらう相手をこう……何、童貞臭い? 失礼なこと言うんじゃねーよ銀さんの初体験はァ、花火の夜に年上の別嬪さんからアレコレ手取り足取り腰取り……って聞けやコルァ!!」
 長々とした口上を『あーハイハイ』の一言で遮られ、坂田銀時は吠えた。遮った男はとくに悪びれる様子もなく、煙草に火を点けている。二人がいるのは江戸市街のファミリーレストランで、適度に冷やされた室内で男たちは涼を取っていた。天人襲来以降、近代化した江戸は年々暑さが増しているようで、本年は熱中症で運ばれる患者の人数が昨年の数を上回ったそうである。
 大好物のチョコレートパフェにスプーンを突っ込みながら銀時は目の前で煙草をくゆらせる男を見た。さすがに上着は脱いでいるものの、全身黒尽くめの制服はふんだんに太陽光を吸収しそうで、見ているだけで暑苦しい。実際暑いのだろう。男の首元のスカーフは取り去られ、シャツのボタンも一つ二つ外している。いつもはかっちりと制服を着込んでいるだけに、夏の暑さは堪えるとみえた。
「オタクさあ、その制服夏服とかねぇの? 見てるこっちが暑いわ」
 冷えたバニラアイスを口に運びながら指摘すれば、そんなことは解っているとでも言いたげなうんざりした顔。
「着てるこっちのが暑いに決まってんだろうが。夏服なんてムダな予算はねーんだよ。長袖とスカーフが俺らの正装だっつの」
 それだけ着崩しておいてよく言えたものである。しかし今はともかく、いざ仕事で登城ともなるとあの制服をきっちりと着込むのだろう。それはそれでストイックで良いが、実務には向かない。幕府のお偉方は冷房の効いた室内にいて、移動も専用車利用ときているため、現場で働く者の都合などどうでもいいに違いなかった。
「あーあーやだやだ。チームマイナス五度って知らねーのねぇ。時代はくーるびずだよ? あっ、その袖切り落としちまえばいいんじゃね? そしたら少しは涼しくなるんじゃね? 銀さん冴えてるぅ!」
 銀時の思いつきに黒尽くめの男は――真選組副長・土方十四郎は苦々しい顔をしてみせた。彼の脳裏に浮かんだのは、いつか部下が悪のりして作った真選組夏バージョンの制服とやらで、ただ両袖を切り落としただけのまるでロッカーのようなふざけた出で立ちを思い出したのだ。もちろん、そんなこと銀時は知る由もない。なのに発想が同じとは、ドS同士は何か思考が似通うものなのだろうか。
「アホか。売れねーロッカーじゃあるめぇし」
「いやいや、案外いいかもしんないよ。流行っちゃうんじゃね」
「俺は着ねーぞそんなもん」
 そろそろ休憩は終わりだ。一服終えた土方が灰皿に煙草を押し付ける。連れの男はいつの間にかチョコレートパフェを食べ終えていて、どんな早業だとうんざりする。窓の外へと目を向ければ、立ち上る熱気にゆらりと空間が揺れていた。これからあの中に戻らねばならないと思うと余計にうんざりする。
 土方が小銭をテーブルの上に置き立ち上がると、メニューを開いていた銀時が慌てて顔をあげた。超がつくほど甘党のこの男は、信じられないことにパフェのおかわりを考えていたらしい。
「アレ、もう行くの」
「仕事だ」




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