「LIMIT TONIGHT?」本文サンプル

 



【一】
 1
 お天道様がビルの谷間に沈み、夜の帳が降りる。街に大小さまざまな明かりが灯り始める頃が戦闘の始まりだ。
 人通りの多い場所に立ち、自身の勤めるカラオケボックスへと客を誘導するのがアルバイト店員である銀時の仕事だった。
 昼間は難しい顔でせかせかと歩いているビジネスマンが、ネクタイを緩めプライベートな時間を過ごすのを見逃さず、また、友人同士で遊びに来ている大学生と思しき若者にも目を配るのを忘れない。町中でも目立つ派手な色合いの法被を身にまとい、手にはルーム料金十パーセントオフの割引券。武器はそれらと己の声。そして笑顔と愛嬌。それらを携え、銀時はいざ戦場へと出陣した。 金曜の夜といえば、飲食店も遊興施設もかきいれ時だ。より多くのお客様を獲得するため、各店知恵を絞りあの手この手で客の興味を引く。呼び込みは店の戦略の一つであった。
 銀時の働く店もまた、客引きは当然行っていて、それはアルバイト店員の仕事の一つであった。チェーン展開をしているカラオケボックスの、派手な色の法被と、大量のクーポン券を手に街角に立つ。しかし、雑居ビルの中から出て来た銀時は、一見したところあまりやる気が感じられる様子ではなかった。眠たそうな目が二三度瞬きする。その眼は死んだ魚のように覇気のない、濁った目をしていた。と、大きなあくびを一つ。
 不真面目な態度で銀時はいつもの場所へと足を向ける。繁華街の一角、ビルとビルの間のスペースは、丁度横断歩道もあり信号待ちのため人の波が留まる場所でもあった。歩いている人間より、立ち止まっている人間の方が話かけるのも楽だという理由で、銀時は大抵ここで客引きをしていた。
 銀時がいつもの定位置に着こうとした時。同時にその場所に訪れた者の姿があった。
「あ」
「ア?」
 不満を含んだ声は互いの口から漏れた。銀時と相対する形で睨み合うのは、黒髪つり目の青年だ。年の頃は大学生くらいか。もっとも、互いにそう変わらないと思われる。
「また来やがったか天パ」
「そりゃこっちの台詞だ」
 開口一番、銀時への雑言を口にした彼は、銀時が働く店の向かいのビルのテナントである居酒屋のアルバイト店員だった。派手派手しい赤の法被の銀時とは対照的に、黒を基調とした渋めの制服は居酒屋のユニフォームだ。
 胸の名札には『土方』とある。
 腰に巻いたエプロンのポケットには、おそらくクーポン券の束が入っているのだろう。居酒屋だろうがカラオケ店だろうが、客引きのする仕事など内容に大差はない。「ちょっとオタクさー、いい加減場所変えてくんない? ここ、俺が先に見つけたんだから」
 先住権を主張しつつ、しっし、と邪魔者を追い払うように手を振る。しかし相手も黙って立ち去るようなタマではない。
「何言ってやがる。ここは俺が先に見つけた場所だ。だからお前がどっか行け」
 双方共に自分が先にこの場所にいたと言って譲らないが、実際にどちらが先だったのか覚えてなどいなかった。ただ、相手が気に入らないだけである。
「大体、てめェこそ何でいつもここに来るんだ。他にも開いてる場所いっぱいあるだろーが」
「ンなの、ここが一番人通りが多いからに決まってるだろーが。テメーこそどっか行けよ」
「お前が他所へ行け。天パが移る」
「天パは移りませーん! つか、謝れ! 天パの人に謝れコノヤロー! そしてお前の髪も天パになれェエエエエエ!!」
「あ、ゴッメーン。俺生まれたときから髪の毛ストレートだから。サラサラだから」
 うねうねとうねった天然パーマの髪質は、銀時のコンプレックスだ。そこを攻撃されるとついムキになってしまう。いやいやこんな事ではいかんと少し冷静になってみた。
「よし解った。俺もお前もいい大人だ。だから悪口はやめよう。人を傷つけるのはよそう。お前のおばあちゃんも泣いているぞ。お前をそんな子に育てた覚えはないと嘆いていらっしゃるぞ。だからどっか行ってくれませんかねェ。ほら、三百円あげるから」
「おばあちゃん関係ねェェ! って、そんなはした金で誰が動くか! つか、何が大人だよガキの小遣いじゃねえか!」



冒頭2ページくらい


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