「Secret Lovers」本文サンプル

 




「だからお前何でいるわけ!? 銀さんの通り道に何でいるわけ!? もしかして銀さんの事が好きなのか!? ストーカーかコノヤロー!」
「冗談言うな怖気が走るわ! 誰がテメーみてーな腐れニートにストーカーするか。自意識過剰なんだよモテ男のつもりかその頭で?」

 江戸の町中で突如として発生した言い争いに、周辺にいた者達は何事かと視線を向けた。
 皆の視線を一点に集めるのは、成人男性二名だ。内、一名が帯刀し真選組の制服を身に着けているのを見て、見物人達はそれぞれ納得した顔を示した。武装警察が声を荒げて捕り物を行うのは職務の内でおかしくはない。相手はどう見ても攘夷浪士などという物騒な存在には見えなかったが、木刀を帯刀しているくらいだからまともな職についているわけでもなさそうだ。
 見物人のうちの何人かは、真選組を、あるいはそれと言い争う銀髪の男に見覚えがあるようで、あれは鬼の副長だ、土方だ。あちらの男は万事屋だ、などとひそひそ話している。
「カッチーン!! おまっ、その頭でって何だコノヤロー! 天然パーマ舐めんなコラ。別に俺は天然パーマでモテねーわけじゃねーから。ってか別にモテなかったわけじゃないからね!」
「無理すんなよ。どー見てもモテねーよその頭じゃ。大変だな、梅雨時とか爆発すんだろ?」
「うるせェエエ!! サラッサラストレートヘヤーだからって自慢すんな! ああそうだよ、梅雨時は爆発して大変な事になるよ!? でもサラサラヘヤーとか、別にそんなの全ッ然偉くねーから! お前がどんだけ髪の毛サラサラでもなァ、下の毛は誰もがもじゃもじゃだざまーみろ!」
「残念だったな、俺は下の毛もストレートだ」
「サラッと嘘ついたよサラッと! あームカつくサラッサラッって」
「お前どんだけコンプレックスなんだよその頭」
 コンプレックスの天然パーマを揶揄され、言い争いは土方が若干リードしている。だがそれに甘んじている銀時ではなかった。強引に話をねじ戻す。
「ていうか、テメーら真選組は大将がストーカーだからな。もしかしたら全員ストーカーでしたー、なんて事があるかもしれねーだろうが」
「何だとテメェ、一緒にすんな! じゃねぇ! 近藤さんの悪口言うんじゃねェよ、しょっぴくぞ!」
「オーオー、上等じゃねえか。職権乱用たァお巡りさん怖いねェー横暴だねー。よーし解った相手してやろーじゃねえか」
 二人は睨み合ったまま、同じタイミングで足を踏み出した。歩幅も速度もまるで示し合わせているかのようにほぼ一定のペースを保っている。二人の行く道を開けようと、ざざ、と人の波が退いて行った。
 見物人の中には眉をひそめる者、面白がってついてくる者と様々な反応を見せたが、銀時と睨み合っているはずの土方が目ざとくそれを見つけて
「見世物じゃねェ失せろ。公務執行妨害でお縄を頂戴したいか?」
 などと脅すものだから、誰もこの二人を追跡しようと思う者はいなかった。相手は国家権力だ。お上に逆らうなどと一介の小市民にできるはずもない。
 だから二人の行き先など誰も知らなかったし、また、その場からいなくなってしまった者の事をいつまでも話題にする程、江戸の市民はそこまで暇でもなかったのである。


 最初に入ったのは大通りから逸れた脇道。次はその先にある抜け道。そしてそこから伸びた狭い路地裏へと続く道。最後は二人並んで通れる幅ではなかったため一人ずつ抜けていく。そうして身体一つ分の狭い路地を抜けてたどり着いたのは丁度袋小路になっている行き止まりだった。少々の事では人目につかない。リンチをするには誂え向きの場所だ。
 先にその場へ着いた土方が、背後の銀時を振り返る。刹那、銀時の腕が伸び、土方の手首を捕まえた。そのまま身体を引き寄せれば隊服に包まれた肩がぶつかる。突然の狼藉に声を荒げるでもなく、土方は銀時と目を合わせた。手首を掴んでいた手は、細い顎へと添えられる。そして銀時は、薄く開いた唇に口づけた。
 天敵である男に抱き寄せられ口づけられても土方は抵抗する素振りを見せない。しかもその腕は拒絶するどころか逆に背中へと回される。単衣に深い皺が刻まれた。
 ぴちゃり、と路地裏に唾液の絡む音が響く。角度を変え、舌を絡め、深く交わる。それは今まで喧嘩していた二人とは思えない――いや、ありえない程に濃密なキスだ。



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