「雪豹の輪舞」本文約1ページ   

 




「……行ったか」
 慌てふためいて廊下を駆けて行く山崎の後ろ姿が完全に見えなくなって後、土方はため息とともにひとりごちた。あたふたと、転びそうになりながらも走り去る部下には悪い事をしたが、仕方のない事だ。心持ち急いで踵を返す。
 そして再び部屋の前まで戻ってきた土方は、覚悟を決めたようにして障子を開き、するりと室内へ侵入を果たした。
 ごくりと唾を飲み込む。緊張が土方の身体を縛った。
「ったく、冗談じゃねーよな」
 土方の声に反応して、それはぴくりと耳を震わせた。先程までの騒がしいやり取りに大した反応を見せなかったのは奇跡に等しかったかもしれない。けれども土方を見つめる穏やかな瞳には敵意は感じられず、人懐こささえ見てとれた。
 それ、は驚くほど美しい真白い毛並みに黒い斑点を持っていた。伏臥した姿勢からも窺い知れる、猫科の動物特有のなめらかな筋肉のライン。しかし思ったよりもその体躯はがっちりとしているようだ。緩やかに弧を描いた太い尻尾。そして静かな光を湛える淡い色の瞳。
 身体的特徴、および外見的特徴からいっても土方の目の前に佇むのは間違いなく豹である。それも野生のものとは思えない程、人慣れをした豹だ。
 だが問題は何よりもその毛並みだった。いっそ見事なほど白い体毛は光に当たれば銀色に光るのではないかと思われた。そしてその色合いは土方のよく知る人物を彷彿とさせた。
 脳裏に浮かんだのは万事屋などという商売を営んでいる銀髪の男の姿。
「勘弁しろよ、お前」
 土方はその場に膝をつく。
 考えたくない事だが、一度そう思ってしまったらその考えは容易に覆せなくなった。
 ――この白い豹は坂田銀時である、と。


 

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