土方in







 タチの悪い夢でも見ている気分だ。
 胸がむかむかする。吐き気が止まらない。
「どうした? 顔色が悪いぜ」
 そんな風に声をかけたのは、高杉の心からの気遣いだったのかもしれない。だが敵に情けをかけられるなど屈辱でしかない土方に取って、その一言は皮肉にも理性を取り戻すきっかけとなった。
「大丈夫だ」
 何が大丈夫なのか。自分でも解らぬまま虚勢を張る。でなければ、取り乱してしまいそうだったからだ。けれども高杉に促されるままに万事屋へと戻ったのはやはり動揺ゆえの行動かもしれない。応接室のソファに腰掛けた土方は、一言も言葉を発さず真剣な面持ちで指を組んだ。
 この世界は、おかしい。
 それが、少し冷静になった頭で考えた答えだった。まず異常なのは万事屋が高杉に入れ替わっているという事だろう。そのかわり銀時の存在が消え失せている。チャイナ娘も、眼鏡の小僧もおそらく別人なのだろう。階下のスナックもお登勢という年かさの女のかわりにオカマがいるのだと思われる。
 非現実的な話だが、まるで異世界に迷い込んでしまった心地だった。
 そんな風に頭を悩ませる土方の姿を、向かいのソファに腰掛けた高杉は愉しそうな眼で観察している。すると、悶々としていた土方がハッと気づいたように顔を上げた。
「真選組は……ッ」
 真選組はどうなっているのだろう? その疑問が胸をよぎった時、土方は痛恨の一撃をくらった気分だった。銀時が消えている以上、真選組もどうなっているか解ったものではなく、その事に今頃気づいた自分に失望したのだ。しかし「真選組」の一言を聞いた高杉は傍目にも解る程あからさまに態度を変えた。
「しんせんぐみィ〜? 知らねーなあんな奴らの事ァ」
 まるで汚いもののような言い草であるのは、高杉が攘夷浪士であるからだろうか。普段ならそんな言い草をする者を放ってはおかない土方だが、高杉の反応でこの世界に「真選組」が存在する事を確認する事ができ、逆にほっとする。もしかするとおかしいのは万事屋周辺だけの事なのかもしれないと思った。その考えは紛れもなく願望に過ぎなかったのだが。
「そうか……」
 しかし真選組が存在すると解れば話は早い。帰る場所はそこしかないのだから戻るまでである。万事屋の事は一度元のねぐらに戻ってから考える事にしよう。安心感から気を持ち直した土方はソファを立つ。
「どこへ行く?」
「行くんじゃねェ、帰るんだ」
 一度身の振り方を決めてしまえば迷いはない。高杉は「真選組」に帰るのか、とは聞いてこなかった。愚問であると解っていたのだろう。
「ま、テメーの好きにすりゃァいいさ」
 だがそのかわり、と高杉は隻眼に物騒な光を宿してこう言う。
「アブねー仕事があったら、俺ンところに持ってきな」
 ククク、と笑う高杉に「一番危ないのはお前だ」とも「お前に頼る事などないな」などと土方は思ったが、それを口にするのは止めておいた。


090426
オフラインで出せなかった本
続きます。

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