鬼の来訪








「真選組だァ! 御用改めである。神妙に縛につけェ!」

 敵地突入の際、この口上を放つのは大抵土方である。たまに切り込み隊長の沖田が口にする時もあるが、それは土方とは別のチーム編成を組んでいる時などなので、やはりこれは土方の仕事という感が強い。
 ドスを利かせた声で土方が恫喝すると、びりびりと場の空気が震える心地がする。戦いの予感に昂っていた隊士達は、それを合図に一気に敵に畳み掛けるのだ。勿論、土方自身もその例外ではなく。指揮をとるため隊士達のど真ん中に位置していた男が次の瞬間もう敵に切り込んでいるのだから、その喧嘩好きは筋金入りだった。
 そして、今日も今日とて土方の覇気に満ちた声が響く。


「御用改めである! 真選組だァ、扉を開けろォ!」

 土方はとある民家のごく普通の引き戸の前に立っていた。場所も、特に町外れでもなければ攘夷志士達が会合を行っていそうな料亭でもない。小料理屋ですらない。本当にごく普通の家である。一階が店舗で二階は住宅という作りになっていて、下は決して若いとはいえない女がスナックを経営していた。
 二階は二階で、鉄柵の部分に看板が掲げられている。そこには「万事屋銀ちゃん」と味のある筆文字が記されていた。文字通り万事屋である。万相談事なんでも引き受けるらしいが、経営者の銀ちゃんこと坂田銀時は胡散臭い事この上ない男だった。白髪に近い銀髪の天然パーマは昔攘夷志士として活躍したという「白夜叉」を彷彿とさせるが、それにしては目が濁りすぎている。国を憂えて戦った侍の目が、死んだ魚のような目だったなどという記述はどの資料を見渡してみても存在しない。故に坂田銀時が白夜叉であると信頼に耐えうる情報はないのだが――実のところ土方は何も銀時が白夜叉ではないかと疑ってここに来たわけではなかった。

「オイ、聞いてんのか! お上に逆らったらどうなるか解ってんだろうなァ」

 土方の声はよく通る。下手すれば近所迷惑になりかねないが、相手が警察では市民も大人しいものだ。それがたとえ夜中の事であっても、文句をつけてくる命知らずはいなかった。当然だ。真選組はただの警察ではなく対テロリスト用の特殊武装警察だ。江戸に住んでいるなら知らない者はいないだろう。仕事熱心なお巡りさんに逆らうなど愚かな事である。だから皆、逆らったりしない。
 扉の前に仁王立ちした土方は、真選組副長という肩書きに相応しい威厳を持っていた。少々苛ついた様子のこの男に、おいそれと声をかけられるような度胸のある者もいまい。
 と、そこでようやく家人が玄関に現れたようだ。鍵を外す音がして、ようやく引き戸が開かれた。
「遅ェぞ」
「……まあとりあえず、入れば?」
 今の今まで寝ていましたといわんばかりの銀時の様子に、若干むっとした顔をした土方だが、素直に家の中へと招き入れられる。そうして土方が来た時とまったく同じ静けさがかぶき町に訪れた。

 家の中に招かれた土方は、刀を抜くでもなく、家宅捜査をするでもなく、ソファの上で銀時に組み敷かれている。

 土方は万事屋を訪れる時はいつも先程のような口上を述べる。逢い引きなのだから、もっと静かに人目を忍んで現れても良いようなものだが、これは彼なりの照れ隠しらしい。おそらくは、仕事を装っていれば自分たちの関係が人に知られる事はないだろうと思っているのである。



 銀時はそんな土方の意地が滑稽で可愛くてたまらないのだが、それは決して口にせず、ただ行動で示してやるのだった。




070904
たまにはラブラブ?
できちゃってる銀土です

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