ペーパーより








「今なんつった?」



 夕暮れ時の街角で、土方は訝し気に聞き返した。言葉の真意を探ろうと目の前に立つ男の姿をつぶさに観察するが、その表情から読み取れるものはなかった。男のいっそ見事なまでの銀髪が、夕日に照らされ赤く染まっている。
 何でも屋を営むこの男は、「自由人」というと聞こえは良いが要するにふらふらと好き勝手に生きているだけの話だ。それなのに足はしっかりと地面に根付いているというのだから質が悪い。
 逆光に目を細めた土方に男は少しだけくちびるを笑みの形に作ると、先程と同じ台詞を口にする。
「だから、お前の中身が知りてェって」
 中身、とは一体何の話だ?
 二度聞いた所で質問の意図は解らぬまま、土方は困惑する。
 これがいつもの悪口の類いなら、話は簡単なのだが。銀髪が喧嘩を売る。土方が買う。とてもシンプルだ。
 しかし今言われた台詞は暴言でもなければ、悪口とも聞こえない。この男とは顔を合わせれば子供のようなくだらない言い争いを繰り広げる間柄だが、いざこうして話を切り出されるとどうにもペースが狂う。しかも相手の意向が解らぬのだから余計にだ。
 とはいえ土方も素直に意味を質せるほど可愛げのある性格ではなかった。だから男の発言の意図を探ろうと試みる。
 人の身体の中身など、どうせ大して変わらぬ。
 ならば思想的なものだろうか。
 土方の心を占めるのは、言うまでもなく真選組である。喧嘩しか取り柄のないならず者たちが、刀一本でのしあがり、幕府お抱えの特別警察という地位を手に入れた。刀も仲間も、どちらも土方にはなくてはならないものだ。それを護るためならば土方はどんな事だってするし、どんな事にだって耐えられるだろう。
 そこでふとある事に気づいた。
 土方の思想や信念をわざわざ銀時に教えなければならない理由は無い。むしろ語る事で価値が下がる恐れすらある。口車に乗せられ、危うく安い男に成り下がるところだった。全く、油断のならぬ男だ。
 答える価値はないと判断した土方は、銀時を無視して歩き始めた。それを追ってくる足音。
 あえて注意はせず、早足になった。それでも足音は着いてくる。撒こうと考え細い路地に入っても、突然道を曲がっても、店に入りそのまま裏口から出ても、いつまでも足音は着いて来た。
「着いてくんな」
 いい加減にしろと不機嫌な声で命じる。そろそろ堪忍袋の緒が切れても不思議ではない頃合いだった。
「だって中身が知りたいって言ってんじゃん」
 少し拗ねたような声で男は答える。
 やはり、それか。意味の通らぬ返事に土方が爆発しかけた時。
「丁度おあつらえ向きな処に出てるし」
 と言われ、辺りに目を向けた。
 ストーカーのようについてくる男が鬱陶しくて、早く撒きたいと思った。そのため普段は入り込まないような路地裏や、抜け道を通り、いつもの見回りコースから大きく逸脱したのは事実だ。しかし、その結果なぜこんな処に出て来てしまったのだろう。
 そこはかぶき町の愛と欲望渦巻くホテル街だった。夜の帳が落ち始めたおかげか、親し気な男女が肩を寄せ合い歩いているのが見て取れる。当然、建物の中へ入って行くカップルもいた。当たり前だ。ここはそういう処なのだから。
「……あん? 何がおあつらえ向きだっつーんだ」
 先程の銀髪の台詞に何か場にふさわしくない台詞があったように思う。土方の呟きを聞いた男が、途端ニヤついた顔をしてこう言った。
「だから、お前の中身を知るのに良いってんだって」

 鬼の副長などという渾名で呼ばれ恐れられ、戦いとなったら水を得た魚のように生き生きと剣を震い、どうみても悪人にしか見えない顔で笑う。
 かと思えば、真選組という組織をまるで宝物の如く思い、その誇りを傷つけるものは許さない。局長の近藤の汚名は自分が雪ぐと言わんばかりに決闘を持ちかける。
 そんな、表面はクールにみせかけてる男の、本当は熱い中身を知りたい。解りたい。感じたい。
 たとえば、キスした時の口内であるとか。赤い扇情的な舌の厚さであるとか。かっちりとしたストイックな隊服に護られた素肌であるとか。
 それ以上に知りたいのが、内に秘めた熱だ。
 指先で余す所なく確かめたい。いや指だけではよく解らないから、もっと太くて固いもので確かめたい。もっと敏感で、よく解るもので。そう、例えば銀さんの息子とか。

 カンニングペーパーもないのに流暢な調子で銀髪がスピーチする。
 そうか、そういう意味か。
 などと納得できるはずもなく、あまりの衝撃に刀を抜く事もままならずにただただ呆然と立ち尽くす土方の肩を銀髪が抱く。そして手近に建っているホテルへと誘導する。
「というわけで今からお前の中身、調べさせてもらうわ」
 あ、取り調べプレイってのもよくない? ちょっとよくない? と悦に入る銀髪に、土方はかろうじて正気を取り戻した。

「ふざけんなテメーちょっとドキッとかしちまっただろうがァアア!」


 かぶき町のホテル街に、男の怒声と次いでゴン! という音が響き渡った。




070610
銀土オンリーにて配付したペーパーより。
新婚旅行関係ないネタじゃん!

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