の雪、降り積もる







 彼岸を過ぎた辺りからだろうか。街を歩いていると至る所でふんわりとした甘い香りが流れて来ている。その出所が、キンモクセイの花だという事に気づくのに大して時間はかからなかった。
 秋になると咲き始めるオレンジ色した小さな花は、その小さな身体からは想像もつかないほどの芳香を放つ。土方でさえ香りだけでそれと解る、貴重な花のうちの一つであった。

「近頃辺りがめっきり便所臭くていけねーや。ねェ土方さん」

 ふんふん、と鼻をひくつかせていた部下が、身も蓋もない事を言ったので土方は思わず顔をしかめた。確かにトイレの芳香剤は、その芳しさからキンモクセイの香りを手本にしたものが多く出回っているが、人工的につけた香りと本物の花の匂いはまた別物であろう。土方でさえ解るそれを、自分よりも若い部下がまったく解していない事に若干の失望を感じたのである。
 普段は鬼副長と呼ばれている土方だが、日本という四季の移ろいがある国に住んでいるのだから、それを楽しむだけの余裕は持ち合わせていたいと思っている。勿論それは、この沖田総悟という年若い部下にも同様だった。折角四季折々の美しい自然があるのだから、そこに目を向けないのは勿体ないではないか。
 ただ沖田がこんな即物的な事を言うのは、自分にも責任の一端があると土方は感じていた。沖田とは幼い頃からの付き合いではあるが、昔は土方も自然を楽しむだとか愛でるだとかそういう感情は持っていなかった。ただひたすら剣の道を極めるのみ。そういう生き方をしてきたからだ。
 情操教育というものをしっかり行わなかった結果、沖田がこういう風に育ってしまったというなら、周りに居た者達に責任があろう。
 だが――今からでも遅くはあるまい。
 土方とて自然に心を向けるようになったのは、大人になってからだ。だから沖田も、これから習えばいい。
「お前、身も蓋もねえこと言うんじゃねェよ。便所の芳香剤とは全然違うだろうが。これが本物のキンモクセイの香りだっつーの。秋らしくて、いい香りじゃねえか」
 そう言って土方は鼻腔に黄金色した花の香りを吸い込んだ。それはふうわりと甘ったるい。香りに包まれていると、まるで全身菓子のように甘くなりそうな心地がする。
 いつも問答無用で煙草をふかしている男が何を言うか。
 沖田はそんな蔑んだ目で土方を見ていたが、ふと妙案を思いつき頷いた。
「そうですねィ。甘ったるいけどいい匂いでさァ」
 珍しく素直に同意した沖田に、土方は少し得意げな顔をしてみせる。
 だが。


「万事屋の旦那ァ、こんないい匂いのする季節に生まれたんですねィ」
 沖田が口にした「万事屋」の一言に、土方はその頬を思い切り引きつらせた。


「うわ、なんだ便所臭ェ。こんな便所臭ェ中産まれるなんざ、アイツに似合いだな」


 先程までキンモクセイの香りをいい香りだと言っていた男があっさりと意見を翻したので、沖田はその後飽きるまで蔑んだ視線を土方に向け続け、土方は多いにその視線に悩まされたらしい。






061011
銀ちゃんお誕生日おめでとう!


銀ちゃん全然出ませんが……。
えへ。

text


















「つか、何でお前があの野郎の誕生日知ってんのォ!?」
「焼きもちですかィ土方さん」
「違うわァボケェ!」