「なんで夜這いだったんですかィ」
慣れない運動に疲れたのか、沖田は至極眠そうな声で土方に問うた。
引き摺られるままに二ラウンドをこなしたのだから仕方あるまい。瞼と瞼がくっつきそうになっている姿を見ながら土方は薄く笑う。眠気に必死に抗っているのは、何故土方がこんな真似をしたのかが気になっているからだろう。どうやら沖田は重大な事に気づいていないらしい。だが、それでいい。
「総悟、オメーいくつになった」
脈略の無い発言に沖田の目が開く。
自分の年を答えようとした沖田は、そこである事に思い至って顔色を変えた。
「アンタまさか」
沖田は自分なりの回答に辿り着いたのだろう。その狼狽ぶりが土方にとってみれば愉快で仕方ない。
「それで自分がプレゼントかィ。良い大人が恥ずかしいでさァ」
憎まれ口を叩く沖田に土方は「違ェよ」と返した。
「何が違うんでィ」
今日は沖田にとって特別な日だ。自分がこの世に生を受けた日――つまり誕生日なのである。
だから土方は自分をプレゼントに見立てて夜這いをかけたのかと思ったのだが、違うというのか。
沖田が土方を求めていた事を知らないわけではあるまい。だからその思いに答えてくれたのではないのか。
とはいえ、それだけでは確かに動機は不十分だ。
今まで土方は決して沖田の気持ちに答えようとした事はなかった。むしろわざと気づかない振りをしていたようにも思う。そんな土方が、沖田の誕生日に自分をプレゼントなんて事をするだろうか。考えるだろうか。矛盾を感じる。
「だからいくつになったのか聞いてんだろが」
土方の問いに沖田は目を瞬かせた。
「アンタ……」
「待ったぜ、俺は」
土方の瞳に一瞬本気の色が滲む。だがそれはすぐに霧散し消えた。
今日は沖田の誕生日である。それも、二十歳の誕生日だった。
土方が何を言わんとしているか、ようやく悟った。悟った上で頭を抱える。
まったくこの人は――!
軽いパニックに陥る沖田の隣で土方が口を開く。
「お前、俺がこの日をどれだけ待ったと思ってんだ」
沖田が自分を慕っている事に土方は気づいていた。
だが土方は沖田の気持ちに答える気はさらさらなかった。
これは思春期特有のはしかのようなもので、時間が経てば冷めて治るものだと思っていたからだ。いずれ沖田も目を覚ます。その時自分が抱いた気持ちは恋ではないと気づくだろう。
けれど沖田の気持ちは膨らむ一方だった。
男女であればもう少し単純で簡単だったのだろうが、生憎二人とも男同士だ。やり場の無い気持ちは、土方への殺意となって噴出した。幼い頃から生意気な子供ではあったが、それが増長したのは沖田が土方へ思慕の念を抱いたからだろう。もしくは自分でも認めたくなかったのかもしれない。
なにはともあれ、沖田は土方の事が好きだった。
一途に思い続けられ、土方の心が動かなかったといえば嘘になる。
けれど沖田は部下であり、昔馴染みでもある。加えて自分よりもずっと年が下だ。これから先未来のある若者に、おいそれと手出しはできない。それくらいの大人の良識は土方にもあった。
それでも土方は土方で沖田が可愛かった。
確かに生意気で、洒落にならない攻撃を仕掛けてくるし、仕事中に堂々と惰眠を貪るなど態度に問題は山積みだったが。
それらすべてが土方の気を惹きたい気持ちの表れで、それを思うと沖田を憎みきれない。それどころか、いじらしささえ感じてしまう。
たとえバズーカを発射され際どい所を避けたとしても。その時は当然雷を落とすが後になって
――アイツ俺の事好きなんだよな
と思うとどうしてもほだされてしまう。
たまに沖田がセクハラめいた悪戯をしかけてくれば、やはり同じ事を思い、今度はその上に
――食っちまっていいかな
などと考えてしまう。
その度に土方は頭を振り、誘惑を断ち切ってきた。なぜなら沖田はまだ未成年だからだ。大人として未成年者に手を出すのはどうかと思ったのである。
だから沖田が成人して、それでもまだ土方を好きなら――。
その時は堂々と手を出せる。
つまり、沖田を食ってしまえると考えたのだ。
――結局土方もろくな大人ではなかった。
「……じゃあアンタ」
「長かったぜ。お前が大人になるのを待つのは」
土方の告白に沖田は何ともいえない気持ちになった。成人したといっても昨日までの沖田と本質的には変わりない。ただ誕生日を迎えたという事実だけがそこにある。だが土方にとっては違うのだろうか。
「それにしたって日付が変わった途端夜這いするなんてがっつきすぎでさァ」
その上文字通り土方は沖田を『食った』のだ。揶揄すると土方は人の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「当たり前だろが。ここまで待ったのに今更他の奴に盗られでもしたら洒落になんねーからな」
もし沖田が他の誰かを抱いたりしたら計画は台無しになる。
だから沖田が成人したら、まず最初に自分が沖田を貰うつもりだったのだと土方は宣った。
「それってつまり……」
ちっとも自分は誕生日を祝われていないのではないだろうか?
そういえば土方は先程言っていた。
自分がプレゼント、ではないと。
思い出して納得する。
「……なら、今度はちゃんとプレゼントとしてアンタを貰いまさァ」
沖田はぽつりとそんなことを呟いた。と同時に空気が変わる。
「……アレ? 総悟くん? なんか目が据わってるよ」
むくりと起き上がった沖田に不穏な空気を感じたのか。土方がここへきて初めて頬を引きつらせじりじりと距離を開けようと身じろいだ。事実、眠た気だった沖田の目は物騒な輝きを取り戻し、獲物を見つけた猫の目のように瞳孔が開いている。
「滅茶苦茶に犯してやるからな土方コノヤロー」
「ちょ、総悟くん落ち着いて……落ち着けェェ!」
立場逆転。
若いせいか感情が昂ったせいか、沖田の方が有利である事には違いなかった。あっと言う間に土方は若い男に組み敷かれる。
「ァ、総悟……ッ、も……」
「もう、何ですかィ。はっきり言いなせェ」
ぐりぐりと土方を苛める沖田は水を得た魚のように生き生きとしていて、土方は終止嬌声を上げ続けていた。
それはそれで問題ないのだが――。
土方が心中でひっそりほくそ笑んでいたのは秘密である。
060708
総悟くんお誕生日おめでとう!
勝手に成人設定してます。ええ。二年後の設定のお話です。
結局土方さんは相当悪い人になってる気がします。
お、おこらないで…!