長谷川さんの







 最近ツレが結婚した。 ツレというのはかぶき町で万事屋を営む坂田銀時という男だ。
 コイツだけは一生結婚などできまい、と思っていた男だった。若いくせに髪は銀髪だしおまけに天然パーマで、濁った覇気のない目はいつ煌めくともしれない。およそ女に好かれそうな要素はどこにもなかったからだ。ついでに金にも縁遠いとくれば尚更だろう。
 だから結婚どころか恋人を作るのも困難だろうと高をくくっていただけに、結婚の知らせを受けた時は衝撃を受けたものだ。
 とはいえ結婚が目出たい事には変わりない。今度会ったらその事をネタにしてからかってやろう。そう思っていたのだ。マダオ仲間の銀時と一緒になった嫁さんを一目見たいと思ったのもある。
 そう。当然ながら俺はツレが嫁を取ったと思っていたのだ。
 しかし――。
「……銀、さん?」
「そうよォ。けど今はパー子って呼んでネ」
 桜色した女物の着物。頭の両サイドで結わえた長い髪の毛。少し濃いくらいの化粧。
 そしてわざとらしい作り声。
 ――俺のツレはしばらく見ない間にオカマになってしまっていた。



「長谷川さんに頼みがあるんだけどォ。パー子のお願い」
「……え? 頼みって何」
 目の前でオカマが両の人差し指の先を擦り合わせている。大変気持ち悪い仕草にすこぶる嫌な予感がしたものの、言った相手が妙な迫力でにじり寄ってきたので思わず聞き返してしまった。
「これ、買ってきて欲しいんだけどォ」
 下手にぶりっ子される方が気持ちが悪い――とは言えなかった。折り畳んだ白い紙を開いて中に書かれたものを確認する。
「……ええええええええええええ!? 何コレエエエエエエ」
 メモに書かれたとんでもないものの羅列に思わず叫べば、通行人が何事かと視線を向ける。それらを何でもない顔をして蹴散らしたパー子は声を潜めてこう言った。
「もー長谷川さんたらァ……。こんなんで騒ぐんじゃねーよ、ガキじゃあるめェし」
「ぎ、銀さん……」
 きっと俺の顔は引きつっていただろうと思う。声もおそらく震えていただろう。それに対して、目の前のオカマは「パー子よ」と名前の訂正しかしなかった。
 これ、何に使うの? そう聞きたいけれど、聞いた所で返事は決まっている。
 それはいわゆる大人の玩具というやつだった。それらの名称が細かくメモに書かれているのだ。あれ? これを俺に頼むってことは、俺がこれを買って来るの?
「え、ちょっ。駄目だよ銀さん」
「パー子のお願い」
 その声は頼みというより脅迫に近い。
「これ、極太って書いてあるけど……」
「そうそう極太で色は黒希望だから」
「このアナ……なんとかって何」
「それはこう…アレだ。ポコッ、ポコッとだなァ……」
 ひとつひとつ説明する手つきが妙にリアルだ。
「あの、こんなのいつも使ってるの?」
「前に買ってたのは全部使っちまったからな。そろそろ新しいのが欲しいと思ってた頃だし」
「へぇ……」
 なんだか泣きそうになった。こんな玩具を使ってる銀さんなんて知りたくなかったなァ――。
 こちらが考えている事に気づいたのだろうか。
「長谷川さん。いっとくけどコレ使うの俺じゃないから」
「へ?」
「こんなん俺が使ったって仕方ねーだろ」
 オカマになったんじゃなかったの? 詳しい事を尋ねようと思った時だった。
「オイ、テメー何やってんだ」
 突然背後から男の凄んだ声が聞こえてきた。ヤクザも顔負けの迫力だが、その声を聞いた途端パー子が振り返る。
「じゃあ長谷川さん、頼んだわよ」
 ぐっ! と親指を立てて合図された。ちらりとそちらを窺えば、非常に不機嫌な顔をした黒髪の男と視線がかち合った。瞳孔の開いた目に睨まれ、思わず悲鳴を飲み込む。妙に顔立ちが整っているから余計に迫力がある。
「じゃあダーリン行きましょ」
 そういってパー子は男の腕を引いた。強引な引き寄せに男は多少たじろぐ。空いた腕は買い物袋を下げていた。この男には似つかわしくない。ちらりと覗く中身はすべて駄菓子のようだ。パー子のものだろうと察しがついた。
「お前、もっと離れて歩け!」
「酷い! アタシの事愛してないのね!」
 奇妙なカップルは口喧嘩しながら、まるで俺などいなかったかのような態度で去って行く。その後ろ姿を見ながら俺は先程の会話の内容を思い出していた。手に持っていたメモに目を落とす。 これ全部。あの男に。使うんだー。
 へぇー。そうかー。
 あはははは。
 乾いた笑いが口をついて出た。


 だってもう笑うしかないじゃないか。





060417
パ土本CMペーパーより。

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