似た者






「オウ! いらっしゃい銀さん!」
 串カツ屋の暖簾を潜りなり飛び込んでくるのは威勢のいい店主のかけ声。同時に香ばしい匂いに誘われ、腹の虫が目を覚ます。
 然程広くはない店内は、時間が遅くなれば混み合って席が無くなるのだが、まだ日が暮れたばかりの時間帯ならすぐに席は確保できた。
 二人並んでカウンターの席を陣取る。
「とりあえず生中」
 二つ、と指でブイの字を作る銀時に主は笑って応じる。
 間を置かずに出てきた生ビールのジョッキをカチリと合わせて軽く乾杯し、それを煽った。

 なんてことはない注文に土方が気恥ずかしさを覚えたのはまだ結婚したての頃の話だ。「ふたつ」という言葉に、言葉以上の結びつきを勝手に見いだして、その考えに一人で悶えた。馬鹿馬鹿しい事この上ない話には違いあるまい。他の誰かと飲みに行って同じ注文をしても何とも思わないし、銀時とだって結婚するまでは――互いに意地を張って別々に注文をしていたからそんな考えとは無縁だったのだから。
「お二人さん、何にしますか?」
 主の声に土方は壁に貼付けられたメニューへと目を走らせる。

『串カツ』

 二人の声がぴったりとハモり、無言で顔を見合わせた。
 そうして土方はカウンターに立ててあったお品書きに目をやり、銀時は壁に貼られた一覧へと顔を向ける。

『豚、つくね、エビ、タマネギ、チーズ、アスパラ、さつまいも!』

 再び声がハモって、また互いの顔を見合わせた。
「なんでィ、二人とも。同じでいいのかい?」
 じゃあどちらか一人が言えばいいじゃないか。ともっともな事を言いながら、主が注文の品を調理し始めた。それを待つ間、土方は無言でジョッキを傾ける。
「オイ」
「あ?」
「今」
「ウン」
「わざとか」
 銀時の目が土方を見た。相変わらず眠そうな、死んだ魚の目をしている。それでも土方の言わんとする事は解ったのだろう。この男が見かけ程愚鈍ではない事を土方は知っているつもりだ。
「ああん? ンな訳ねーだろ。偶然だ偶然」
「……だよな」
 しかし土方の脳裏にあるのは別の男の言葉だった。
『最近、旦那に似てきたんじゃねェですかィ』
 いやいや、まさか。そんなわけねーだろ、オイ。胸の内に浮かんだ考えを否定しつつ、土方はビールを呷った。そして――。

『おかわり!』

 またしても、銀時と声が重なったのだ。偶然――この現象をそう呼ぶなら、それは最初の一度きりしか許されないだろう。偶然も二度三度と続けば必然となりうる。
 冗談じゃねェ、と土方は思った。二杯目のビールをぐいと飲み干せば、銀時が慌てた声をあげるのが聞こえた。開けたジョッキをカウンターに叩き付けるようにして置き、今度は「酒」と注文する。無茶な飲み方を咎める声にも耳を貸さず、土方はコップ酒を呷った。何より早く、酔ってしまいたかったのである。


*




「だから……似てねーっつの! 俺とテメェはァ!」
 男の拳がカウンターを叩いた。衝撃で皿が跳ねても男はまるで頓着しない。すでに酒が回って、判断力が低下しているのだ。
 すっかりへべれけになってしまったのは勿論、急ピッチで酒を呷った真選組副長だった。それほど酒に強い訳でもないのに、無謀なペースで飲んだのだからやむをえまい。ただし、酔っぱらっているのは土方だけだ。銀時は土方の勢いに気圧されたおかげで、いつもより酒の量が少なかった。一緒にぐでんぐでんになるのも悪くはないが、そうすると二人とも家に帰れなくなる恐れがある。独身時代ならまだしも、結婚してまでそんな生活を送るのは御免被りたい。たとえ、連れ合いと一緒だったとしてもだ。いや、むしろこの連れ合いを無事に家に連れ帰るまで銀時は気が抜けないのだった。
 そんな自覚はきっと持ち合わせていないだろう土方は、そろそろあやしくなりつつあるろれつでくだをまいている。言葉の断片から判断するに、どうやら銀時と自分が似ている似ていないの話らしい事は解った。しかし酔っぱらいにまともに返事をするのも意味の無い事なので、銀時は適当に「はいはい、そーだね」と軽い返事ばかり返してやる。
 何度目かの偶然が続いた後――銀時がうずらを注文しようとしたら土方が同じ物を頼み、先にレンコンを頼めば自分もそれを食うつもりだったと絡まれるというような事が続いた。






060225
このお話は没になりました。

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