歌舞伎町ホスト物語 2

 





 喉の渇きを覚え、土方は目を覚ました。


 仕事を終えベッドに潜り込んでからそれほど時間は経っていないはずだ。にも関わらず喉が乾くのはアルコールを摂取しすぎたせいだろうか。気をつけてはいたのだが、昨夜は飲み過ぎてしまったかもしれない。
 枕元の時計を見ればやはりまだ早朝と呼ばれる時間だった。眠気はあったが、それ以上に乾きを潤すものが欲しい。土方は水でも飲もうとベッドから抜け出した。

 冷蔵庫に冷えたミネラルウォーターがあるが、それをわざわざ取り出すのが億劫で、水道の蛇口を捻り洗いっ放しにしていたコップに水を注ぐ。一応浄水器に通した水なのでそれほど不味くはないが、美味いわけでもない生温い水を煽り、二杯目を飲み干したところでようやく人心地ついたような気がした。
 土方はそうしてふと、家の中に人の気配がしないことに気づいた。

 ――同居人はどうやら不在らしい。

 こんな朝っぱらから出かけるような奴ではないから、きっと昨夜は帰ってこなかったのだろう。どこかに泊まっているにしろ、寝ずに遊び呆けているにしろ、朝帰りとはいい身分だ。
 昨夜店内で見た同居人の姿が思い出され、土方は思わず頭を振った。
 あんな奴の顔を思い浮かべる必要などない。職場でも家でも否応なしにあの金髪と顔をつきあわせているのだ。せめて一人の時くらいあの顔を忘れるべきだろう。

 土方は主が不在の部屋の扉から目を離し、今し方使用したコップを流しへ置いた。洗うのは寝て起きた後でも構わないだろう。そうして再び休もうと部屋に戻りかけた時、玄関の方で物音がした。一瞬、動きを止めて耳を澄ませたが、錠を外す音に緊張を解く。なんのことはない、同居人が帰ってきたのだ。あと一歩遅ければ顔を合わせずに済んだだろうに。土方は舌打ちしたい気分だった。今すぐ部屋に引っ込めばそれは叶えられるだろうが、まるで逃げるようで癪だ。
 早朝という時間帯をまるで配慮しない音を立てて扉が開閉された後、玄関先で靴を脱いでいるらしい声が聞こえてきた。ややあって、廊下に響いた足音に顔を顰める。
「あれ〜?」
 ダイニングに明かりが点いているのだから不審に思ったのだろう。男の間の抜けた声が聞こえた矢先、目に鮮やかな金髪が飛び込んできた。いつ見ても嘘のように鮮やかな金髪。あの髪が、染めたものでも色を抜いたものでもない自前のものだなんて信じられるか? 腹の中まで真っ黒な男の髪が、あんなに綺麗な色をしているなんて詐欺ではないか。
 綺麗な金色の――しかし天然パーマであちこちに跳ねた髪を持つ腹黒男は坂田金時といって、土方と同じ店で働くホストだった。
 意外そうな声を発した金時は土方の姿を認めると、玩具を見つけた子供のように笑った。こいつはそんな無邪気な存在ではないが。

「おはよう、万年二番手君」
 なにが「おはよう」なんだか。朝帰りの上嫌味のリップサービスとは恐れ入る。気分を害した土方が答えないでいても男はおかまいなしに口を開いた。
「いーや、参ったね。昨日はなかなか寝かせてもらえなくってさァ」
 言葉の最後に女の名を付け足し、ついでにこちらの反応を窺うように視線を寄越してくる。金時が口にした名は、昨夜金時を指名した女性客のものだった。かつては土方を贔屓にしていたというのに一体どんな技を使ったのか。知らないうちに女はころりと金時に参っていたのだ。それ以来、彼女は土方を指名しなくなった。土方にしてみれば客を獲られたというわけである。
 その客の名をわざわざ持ち出すのは、土方へ対する当てこすりに他ならない。金時は店のナンバー1で、土方はそれを追う二番手だ。いつか追い抜いてやろうと思っているが、その背中は遠い。
 一瞬絡んだ視線を、土方はすぐに逸らした。相手にするべきではない。けれど金時は土方を放っておく気はないようで
「あれ、なに拗ねてんの? ああそっか。二番手君は昨日もお仕事暇そーだったもんねェ」
 と軽口を叩いてくる。思わず「煩ェんだよ」と声が漏れた。
「あ?」
「煩ェっていってんだよ。第一、」
 俺には関係ねェだろ、と吐き捨てる。関係なくはないけれど、関係したくない。それが本音だ。苛々する。この男と関わるとろくな事がない。
「ふぅん?」
 拒絶されても楽しげな笑みを崩さないのは、優位な立場にいるという自信の現れだろうか。そういうところも腹立たしい。
「なァ、まさか――」
 金時の笑みが一層深くなる。
「――俺がいなくてサミシかったー、とか」
 土方の目が――常日頃から瞳孔が開き気味だと言われている瞳が、完全に開く。
「思っちゃったワケですか、二・番・手・君」
「馬鹿言ってんじゃねェよ!」
 考えるより早く声を荒げていた。完全に相手のペースに乗せられている。そんな自分を自覚したがもう遅い。金時が「ふぅん?」と再び声を発した。
「そんな必死になって否定すること? カナシイナー」
 最後の台詞は見事に棒読みだ。
「必死になんかなってねェ」
 歯がみする。今更そんな反論をしたところで、瞬時に跳ね上がった体温や、沸騰しかけた脳味噌を誤魔化すことは不可能だ。言われたことに対して腹が立っただけではないから厄介で、それを目の前の男が見逃す気がないこともわかっていた。
 だから――嫌だったんだ。
 今更逃げることなんてできやしない。退路を断つ位置に金時が立っている。
 偶然? ありえない。
「なァ、」
 笑みを含んだままの声が一瞬で温度を下げた。土方の身体が強張る。


「先輩がお仕事終わって帰ってきた時は労うもんじゃねーの?」



 ――てめーなんか死んでしまえばいい。








050612
銀土祭終了までに間に合いませんでした……

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※この先、清純派お断り。(笑)
 続きを読まれた方は「清純派」の称号を外して下さいね!
 ok! 続きを読む 【R15】