ワルイオトコ

 



 隊士達が眠りについた真夜中の真選組屯所は静けさに満ちている。そんな中、むくりと起きあがった影は静かに移動を開始した。できるだけ音を立てないよう慎重に行動を起こした影は、足音を殺して廊下を進む。目指すのは一般隊士達が眠る大部屋ではなく、隊長クラス以上の幹部に与えられる私室のうちの一室だ。忍び足で目的の部屋の前まで行き着いた影は、音も立てず閉ざされた障子を引いた。部屋に鍵をかける習慣のない日本家屋はこういう時に大変便利だ。まんまと室内に侵入を果たし、その人物は後ろ手に障子を閉めた。
 部屋の中央に敷かれた布団に、ターゲットが眠っている。規則的に聞こえてくる小さな寝息は、その人物がぐっすりと眠っていることを示していた。枕元に刀を置いているのは、屯所とはいえ不測の事態に備えてのことだろう。案外用心深い。が、真選組の幹部なのだからこれくらいで丁度良い。
 さて、よく寝入っている寝顔を覗いてやろうとにじり寄ったその時、不意に布団の中から手が伸びた。そのまま枕元に置かれていた刀を手にし、掛け布団を跳ね上げ起きあがって体勢を整える。不審者に気づいての行動としては上々だろう。

「誰でィ」

 真夜中に、無断で部屋に入ってきた不心得者に対する誰何の声は、平素では聞かれない程低く、固かった。若くして真選組隊長というのは伊達ではない。腕も度胸も充分すぎるくらいに持ち合わせているのだ。ただそれを普段は出し惜しみしているというだけで。
 いつもこういう気構えでいてくれればいいんだがな、と表情には出さずに思う。
 と、刀を手にした若造はぱちくりと目を瞬かせた。
「土方さん?」
 その声にはもう先程の緊張は失せ、ただ意外そうな響きのみが感じられた。
「どうしたんですか、一体……」
 若造――沖田総悟は思わず刀を戻し、きょとんと首を傾げて問いかける。そんな簡単に武器を手放してもらっちゃ困るな、と土方は心中で苦笑を漏らしたが、それはやむをえまい。何せ、こんな夜中に土方が沖田の部屋を襲撃したことなど今までに一度もないのだ。――逆なら飽きるほどあったのだけれど。
 真選組副長が何をしに来たのか見当もつかないといった沖田だったが、ふと何気なしに思いついたことを発言した。
「もしかして夜這いですかィ」
 真面目な顔をして土方をからかう沖田にとって、こんな言葉は遊びでしかない。そういう冗談をむきになって否定する姿を見て楽しむのだ。
「だったら大歓迎でさァ。ホラホラ」
 といって両の手を広げて見せた沖田は、いつものツッコミが即座に飛んでこないことに不審を覚えた。
 意を得たりといった顔で不敵に笑う土方に、疑問が湧く。
「土方さん?」
「目的は解ってるし意思確認も済んだ。これは合意の上ってことで文句ねーな」
 何を言われたのかさっぱり解らない。沖田は訝しげに目の前の男を見つめた。ついと口端を持ち上げた土方の笑みには、企みごとを暴露するときの楽しさが溢れている。
「察しが悪ィな。夜這いしにきたって言ってんだよ」




050608
七十二訓の土方さん見て。
総悟くんにやられるばっかりじゃないんだと思ったら
こんな話を考えてしまいました。
夜這いしにきてるけど沖土ですから。
しかし土方さんずっと楽しそうだな(笑)

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