左手の






 ちょっとお前ら怪我人に荷物持たせて何とも思わねーのか。


 信じられないと嘆く声に、新八と神楽は同時に背後を振り返った。二人に遅れ、両手に買い物袋を下げた銀時が足をよろめかせながら歩いているのが見える。が、その顔は地面ではなく前を行く子供達二人へ向けられていた。遠いので表情まではよく解らないが、きっと恨めし気な顔をしているに違いない。
「大丈夫ヨ、銀ちゃん。傷は浅いネ」
 確かに、怪我といってもそれを判別できるのは左手に巻かれた包帯のみである。だからといって宇宙一丈夫な娘に言われる「大丈夫」ほど、有り難みのない台詞もないだろう。神楽の気休めでしかない励ましは銀時にさらなる疲労を感じさせた。
 こんなことなら――と後悔する。こんなことなら、スクーターに乗ってきたほうが良かったのではないか。断じてガソリン代を惜しんだのではない。二人ならまだしも三人でスクーターに乗るのはかなり窮屈だと思ったからだ。だがそれも判断ミスだったのだろうか。
 誰だ、じゃんけんで負けた奴が荷物持ちをするだなんて言い出した奴ァ。
 銀時は胸中で悪態をついた。それを言い出したのは他の誰でもなく、銀時自身だったのだけれど。


 子供達に手を貸そうという意思が感じられない事を悟った銀時は、諦めて両手に買い込んだ荷物を持ち直し、のろのろと歩を進めはじめた。そうしてふと、視線を感じて顔を上げる。――どうやら知らず知らずのうちに視線を落としていたらしい。そして顔を上げた際、目に入った光景に「あ?」と、思わず声が漏れた。
 まず道の先に見えたのは、神楽と新八の姿だ。二人とも立ち止まり、銀時が来るのを待っている。だがそれは怪我人である銀時を心配して待っていてくれているという訳ではないようだった。なぜなら子供達の行く手を遮るように男が立っていたからだ。
 そいつは夏だというのに暑苦しい黒の制服に身を包んでいた。
 その男には見覚えが有りすぎるくらいあった。真選組副長――土方である。なぜこんな所にいるのかは知らないが急ぐのも面倒なので、銀時はペースを乱す事無く歩く。そうして銀時がわざとらしくゆっくり歩いているにも関わらず土方がそこを動く気配がないところを見ると、どうやら彼の用件は自分にあるらしい。そうでなければあの男はさっさとその場を移動しているはずだ。
 だったら、荷物を運ぶくらいは手伝ってくれてもいいではないか、と思う。そうしている内に無理なく話せる程度まで近づいたところで、待ち構えていた土方が口を開いた。
「テメーに訊きてェことがある」
 横柄な言い草なのはいつものことだ。銀時は気にせず、片眉を上げて応じる。
「聞きてェ事ォ? いいだろう。銀さんの好きなものならチョコレートパフェだ。あと、今おつき合いしている特定の人はいないから。銀さんフリーだから」
 土方は銀時が知る限りかなり短気な質である。だからこんな風に茶化されて大人しくしているような男ではない。いつもなら瞳孔の開いた瞳でもって喚き立てるなり抜刀して切り掛かってくるなりするところなのだが、その時の土方はそんなあからさまな誘いに乗りはしなかった。関係のない事ばかりぺらぺらとまくしたてる銀時を遮るように、口を開く。
「――この間の祭」
「ちなみに好きなタイプは結野アナ……って。あ?」
「平賀のカラクリが将軍の櫓狙いやがった時だ。お前ンとこのチャイナ娘が総悟と一緒に暴れ回ってやがったのを俺ァ見てる」
 土方の言に黙って様子を見守っていた新八が額に冷や汗を浮かべているというのに、当の神楽はケロリとしたものだ。それを素早く確認した銀時はいつもの表情のままである。
「テメーもいたんだろうが。あの場に」
 挑むような目を向けられ、口元がわずか緩む。
「さァね」
 土方の詰問を銀時はさらりとはぐらかした。


 
 土方が言う祭りとはつい先日、鎖国解禁二十周年の記念としてターミナルで催された祭典のことである。平賀というのは幕府の命を受け、式典にてカラクリ人形の見せ物を披露する事になっていた江戸一番のカラクリ師だった。だった――というのは、平賀がその式典の席で将軍の命を狙い、カラクリによる一斉攻撃をしかけたからだ。攘夷派のテロリズムに備えて配備されていた真選組がそれに応戦し、結果として将軍の身の安全は確保されたが、騒ぎの隙に姿を眩ました平賀は現在指名手配中である。
 その平賀と式典の前に接触していたとされるのが万事屋ご一行だという情報を真選組は入手していた。とはいえ、聞き込みに当たった隊士によれば、それは単に平賀の工場と近隣住民のトラブルを処理する為に万事屋が雇われただけで、彼らは破壊行動とは無関係であるとのことだった。報告を受けた土方も無論、テロリズムに万事屋が――というより坂田銀時が加担したとは思っていない。
 だが、この男が何らかの形であの騒ぎに関わったのは間違いないと睨んでいた。理由は一つ。今回の騒動には元攘夷志士・高杉晋助の影がちらついていたからだ。一介のカラクリ技師がおいそれと将軍の命を狙うような真似をするとは思えない。表舞台には現れなかったものの、裏で高杉が糸を引いていたと考えても何ら不思議ではないのである。
 そして目の前の銀髪は、元攘夷志士だ。高杉と接触した可能性は低くない。
 土方は包帯が巻かれた銀時の左手にさっと目を走らせた。
「テメーのその怪我」
「あ?」
「その怪我の理由も詳しく訊かせてもらおうか」
「ああ、コレ?」
 銀時は無造作に左腕を上げてみせた。
 怪我をしている相手にかけた言葉が見舞いの台詞ではないあたり土方らしい。だが、銀時とて馬鹿正直にこの怪我の理由を言う気はなかった。
 ――包帯を解けば判る事だが、銀時の左手に刻まれた傷は刀傷だ。それも先日の祭で、将軍の命を狙った男の刀によるものである。
 この傷の原因となった男が昔の馴染みで、現在は幕府に仇成すものとしてお尋ね者になっているということを銀時はよく知っていた。そしてその男――高杉晋助に関する情報を土方は欲しているのだろう。
「定春に噛まれちまってよォ。わんぱくだからなうちのペットは」
 銀時は涼しい顔をして嘘をつく。可愛いペットに着せられた濡れ衣に対して神楽が何事か文句を言ったようだがそれは黙殺した。けれど、銀時の返事に対して「ほう」と端的に答えた土方の顔を見れば、そんな戯言などまるで信じていないのは明白だ。その証拠に。
「俺ァてっきりお友達と喧嘩でもしたのかと思ったんだがな」
 そう言って口端を吊り上げて笑う顔ときたら市民の平和を守る警察官にあるまじき表情である。銀時は若干鼻白む。怪我の理由が的中していたせいか。それとも、予想できたこととはいえ土方が高杉のことを仄めかしてきたからかもしれない。
 銀時の微妙な不機嫌に、場の空気が少し色を変えた。土方も気づいたのだろうか。
「何も只で教えろたァ言わねーよ」
 などと銀時を懐柔するようなことを言ってきた。直後、土方の口から放たれたのは、それまでの話とは無縁の単語だった。



続く。


051012
すみません、あまりにも更新が滞っていたので…
しかも今頃高杉編の話かよ!って話。
051101
つけたしました。が、まだ続きます。

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