青春もどき





 なぜ教室を抜け出して屋上へ来たのかと聞かれたら、「風が気持ちよかったからだ」と答えるだろう。


 屋上は少し風が強かった。けれど、澄み渡った青空の下ではそれも却って爽やかに感じる。こんなに天気のいい日に、教室に篭っているなんて勿体ない。そんな理由をつければ格好がつくかもしれないが、何の事はない。自分はただ茶番に飽きただけだった。
 土方はポケットから取り出した煙草を口にくわえ、火を点ける。ため息とともに吐いた煙は風に攫われ跡形も無く消えて行った。少し風が強い事を除けばのどかな昼下がりだ。今頃教室では相も変わらず茶番が繰り広げられているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。脳裏に浮かぶのは、好き勝手に跳ねた銀髪の、死んだ魚の目をした男の姿だ。男は自分を三年Z組の担任だと宣った。くだらない。やってられない。これ以上つき合っていられない。すべてが出来の悪いコントを見ているようで、土方はたまらず教室を抜け出した次第である。ただし、休憩時間にこっそりと。
 誰にも言わず、そして見つかる事なく出て来れた。普段は立ち入り禁止のこの場所は、滅多な事では人が寄り付かない。だから土方は悠々と、澄み渡った青空を独り占めできる。
 しかし、そんな天下も長くは続かなかった。
 屋上と中を繋ぐ鉄の扉が、ぎいぎいと錆び付いた音を立てる。さすがにそれだけの音が響けば、無視してもいられなかった。常日頃から瞳孔が開き気味だと言われる目を鋭くさせ、扉の向こう側から現れようとしている人間を睨み据える。ひょこりと、銀糸が覗いた時点で目つきは一層険しいものになった。
 土方がここに居る事は誰も知らぬはずだ。いつも一緒に居る沖田や近藤にさえ告げていない。だからこそ、招かざる客の存在ははっきり言って迷惑だ。
 空いた隙間からふわふわに跳ねた銀髪の男が顔を出す。土方を見つけると、口元が笑みを形作った――ような気がした。
「みーちゃった」
 酷く愉快げな声が空へ響く。屋上での喫煙を教師に見つかった生徒と、見つけた担任。今の自分達を表すとしたらそんな言葉が妥当だろう。窮屈な学生服は土方の今の状況を如実に示している。そして銀髪が着ているのは学生服ではない。だらしなく緩んだネクタイは曲がり、ズボンの裾は妙な長さだし、足下はというとただのスリッパ。しかし上に羽織った白衣が、どうにか彼を教師に見せていた。それもかろうじて、というレベルだが。
 いっそむかつくほどのにやけた顔で、銀髪は土方へと近づいて来た。普通の生徒ならば、教師に喫煙を見つかった事でバツの悪い思いをするだろうし、それなりの処分を覚悟して神妙に致すところだろう。しかし土方はそんな普通の生徒のような反応はしなかった。第一、この銀髪の男に対してそんな態度を取るなんて、プライドが許さない。
 だから、銀髪の教師を出迎える土方の表情といえば、開き直った顔そのものだった。そんな土方をどう思っているのか、銀髪は茶化すような口調で声をかける。
「いーけないんだ、こんなところでサボって。煙草なんか吸って」
「今は休憩時間中です、先生」
「休憩時間中でも、煙草はいけないよ土方君」
 君は学生なんだから、と続ける銀髪に土方はくわえていた煙草のフィルターを噛んだ。
「内申書にも響くよー。お母さん呼び出さないといけないよー。あー、先生困ったなァー」
 困ったと言いつつ、表情は酷く楽しそうではないか。
「土方君次第では黙っててあげるよ?」
「ハ、」
 土方は鼻で嗤った。
「脅迫ですか先生。教師の風上にも置けねーよ」
「取引と言ってくれない?」
 囲い込むような形で銀髪が土方を追い込む。吐息まで感じられる程、顔が近い。
 睨み付けていたら、それを笑うように唇が降りて来た。
 享受する。口を開けて、中に誘い込む。厚い舌が土方の唇を舐め歯列をなぞり、内部をかきまわした。
 鼻に抜ける甘い喘ぎ。
「……ン、眼鏡、邪魔、なんだよ」
「だって、これが無ェと教師っぽくねェし」
「眼鏡があろうとなかろうと、テメーは教師って器じゃねェよ」
 先程まで甘い口づけを交わしていたというのに、土方はそんな事はなかったかのように冷めた口調で吐き捨てた。


「大体、何で俺が生徒でテメーが教師なんだ。ミスキャストだろ」
 俺が何才だと思ってんだ、と土方が吠える。
「仕方ねーだろ、これも銀魂の新たなファン獲得のための戦略だよ? 大体お前見てみろよ長谷川さんを。あの人もいい加減四十前だってのにノリノリで学生服着てんだよ? それを年下のお前が文句言うなんてどういう了見!? 銀さんがっかりだよ」
 いつの間にか、気取った教師の口調など消え失せていた。今やこの男は、白衣を着て眼鏡をかけてネクタイも締めている、先生気取りの何でも屋だ。土方は土方で、二十歳越えての学生服が痛々しい。

 若者に受けるのはずばり学園ドラマである。

 そんなリサーチの結果、彼らは銀魂コミックス販売促進のため良い年をして学園ドラマに励んでいたのだった。土方はそんな茶番につき合いきれずに、休憩時間になったら屋上へと逃げてきていたというわけだ。
「あーもうアホらしい。さっさと着替えてェ」
 制服は制服でも、学生服ではなく真選組の隊服へ。土方がそうぼやくと、銀時は軽い調子で反論した。
「そう言うなよォ。お前結構似合ってるぜ、その学生服」
 からかいに聞こえるだろうが、それは銀時の本音でもあった。変に飾り立てた服装よりも、一見真面目でストイックな衣装の方が土方によく似合う。だが、そんないい子ちゃんな感想で終わるわけがなかった。
「ていうかよォ、なんか、萌えない?」
「……は?」
 銀時の台詞がよく理解できず、土方は聞き返す。
「白衣と学ランって、よくね?」
「どういう意味だ?」
「だからァ、何か……こう、背徳的というか。えろくねェ?」
 イメクラみたいじゃねーか、と銀時は言う。どこまでも汚れた男だ。よもや学校でそんな事を言いだすとは。
「終わってんな、テメーは」
「これは男のロマンだ!」
「……そーかい。なら、乗らねェとな、先生」
 ニヤリ、と土方が口の端を歪めて笑えば、まるで鏡を見ているかのように銀時も同じ顔をして笑った。


070920
3Zのような銀魂のような
パラレルっぽい。

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