あなたにプレゼント




 それは見た所、何の変哲もない――いや、ツボの形をした汚いガラクタだった。


「何だコリャぁ」
 卓の上に置かれたそれを見る土方の眉間には深く刻まれた皺がある。なぜなら自分の机の上に見慣れない置物があったからだ。それはただの置物ではなく、酷く汚れたツボと思しきものだった。どうして俺の机の上にゴミが乗っているんだと言いたげな顔の土方に、無表情の沖田が答える。
「何って、誕生日プレゼントでさァ」
「はァア!?」
「今日は土方さんの誕生日でしょ」
 確かに、本日五月五日は土方の生まれた日である。しかしこの薄汚れたツボが誕生日プレゼントだと?
 土方は幼なじみで部下でもある沖田総悟の顔と、汚いガラクタとを交互に見比べた。
「大変だったんですぜそれを手に入れるのは。幾多の困難と苦難を乗り越えて船はグランドラインを進みやがてゴールドロジャーが遺したというひとつなぎの財宝を――」
「嘘吐くんじゃねェこの野郎!」
 立て板に水を流す勢いでぺらぺらとよく回る口を土方は怒声で遮った。コイツが俺のために苦労してプレゼントを手に入れたなんて嘘だ。これは絶対ゴミ捨て場から適当に拾ってきたに違いない。そう確信する土方である。
「ったくゴミなんぞ拾ってきやがって嫌がらせかこの野郎」
 ぷんすかと怒る土方だが、沖田はめげない。
「ゴミじゃねえって言ってるでしょう。ちゃんと洗って奇麗にしたら良い事がありますぜ」
 良い事?
 土方は沖田を見た。真ん丸な瞳が汚れない輝きでもって土方を見つめている。
「そうか。……なーんて言うと思ったかァ! テメーにゃ騙されねーぞ! 絶対ェ嘘だろ! 嘘に決まってる!」
「自分の無知を棚に上げて人を嘘つき呼ばわりとは恐れ入りまさァ」
「何が無知だ。頭空っぽのテメェにゃ言われたくねえよ」
「まあ騙されたと思ってそのツボ三回磨いてみなせェ。良い事がありますから」
「人を騙そうって奴が言うんだよ、その台詞な」
「可愛い部下を信じられねーとは土方終いだなこのヤロー」
「俺が信じてねーのは可愛い部下じゃなくてテメーだ! 悪魔だ! 鬼ッ子だ!」
「言い訳なんて聞きたかねえや。土方死ねよコノヤロー」
「テメェが死ねやアアアア!」
 血管をぶち破りそうな勢いで土方が叫ぶ。結局沖田は持って来たガラクタを放置したまま土方の部屋を去って行ったので、プレゼントと称したゴミの処分は土方の手に委ねられたのだった。


「ったくアイツときたら碌な事しねー」
 土方は放置された汚いツボをつまみ上げるようにして庭へと運ぶ。そのまま庭に捨て置いても構わなかったのだが、ツボを運ぶ際に汚れた手を洗う為井戸の水を汲んだ。ついでに桶の中に汚れたツボを放り込む。
 これはあくまでも、手を洗うついでだ。
 汚れた手のままでは大事な書類に触れない。書類に触れないという事は仕事ができないという事だ。だから手を洗わなければならない。手を洗う為に水を汲んだのだからついでにツボも奇麗にしてやろうという、ただそれだけの話だ。断じて沖田の話を信用したわけではない。
 土方はしゃがみこみ、桶に入れたツボをざぶざぶと洗った。汚れが落ちたところで、ツボは輝きを取り戻すわけもなく、ただくたびれた感のあるどこにでも売っているような平凡なツボが現れただけだった。芸術品という程の価値もない事は、無学の土方にもよくわかる。
「アホらし。やっぱりただのガラクタじゃねえか」
 せめて小奇麗なツボなら飾りくらいにはなるかと思ったのだが。土方は何の気無しにそのツボの水滴を手拭いで拭った。きゅ、きゅ、きゅ、と三回。
 途端、ぼわあん、とツボから煙が噴き出す。
「うぉっ!?」
 驚いた土方は思わずツボを投げ捨てた。その上で、これが沖田の狙いだったのだと確信した。あの性悪小僧は土方を驚かせるためにツボの中に何か細工をしていたのだろう。そうして時間が経てば煙が噴き出したり爆発したりして、ひっかかった土方を笑うのだ。
 ――アレ? 爆発?
「うわアアアアアアア!!」
 土方は焦った。脳裏にはツボが爆発して木っ端みじんに吹き飛ぶ己の姿が浮かんでいる。その最悪な事態はまさに目の前にあった。混乱した土方は腰に差した刀を抜き放つと、それを未だ煙を上げ続けるツボへと振り下ろした。
「うぉわァアアアア!」
「うわああああああ! ……って、アレ?」
 振り下ろした瞬間、ツボが割れる音ではなく人の悲鳴が響いた事に土方は驚き、我に返った。
「お前ェエエエエエエエ! 何いきなり人の事殺そうとしちゃってんのォ!?」
 神経を苛立たせる声が煙の中から聞こえてくる。どうやら激しく憤慨しているらしい。そのうちに煙が晴れ視界が戻って来た。そうして中から現れた人物に土方は目を瞠った。
「お前ッ、万事屋ッ!」
 そこにいたのは万事屋坂田銀時に相違なかった。銀時と言えば土方の天敵。犬猿の仲といっても過言ではない相手である。それがなぜ屯所に居るのか。驚いたが、これはこれでいい喧嘩の口実になる。土方は抜き放った白刃を銀時の喉元に突きつけた。
 刀を突きつけられた銀髪は、怯えもなく胡乱げに土方を見やる。
「オイオイオイ、誕生日だっていうのに物騒だねオタク」
「何が誕生日だッ! ……つか何でお前が俺の誕生日知ってやがんだ」
 気色悪ィ、と土方は吐き捨てた。と、そこで銀時の格好がいつもと違う事に気づく。普段は黒の上下に黒のブーツ。その上に片袖を抜いた単衣を重ね着しているが、今日はやけに涼し気に上半身裸のチョッキ姿だ。しかし、下はふわりとふくらんだズボンで、先の尖った靴など履いている。心なしか、色も黒い。
「……仮装大賞か何かか」
 ぼそりとつぶやいた土方の声に、銀時は過剰な反応を示した。
「違うわアアアアアアアア! 誰がウキウキワクワク黄金週間に仮装大賞なんぞ出るかッ!」
 その剣幕に気圧され、黙って相手の姿を頭からつま先まで検分するが、やはり仮装にしか思えない。もしかすると、チンドン屋のバイトか何かかもしれぬという可能性も浮かんだ。遊園地でガキどもに風船でも配っているのかと。
「違うから。それも違うから。俺別に遊園地から金貰ってこんな格好してるわけじゃないから」
 考えを読まれた事よりもその内容に驚く土方である。
「仕事じゃねェなら趣味か」
 とうとう頭が沸いたのか。土方は何か酷く哀れみを込めた目になり、抜いていた刀も仕舞う。
「違うわボケェエエエ!」
 銀時は思い切り吠えた後、仕切り直しだといって咳払いを一つする。
「えー、俺はランプの魔人だ。俺を出してくれた礼にお前の願いをひとつ叶えてやろう」
 腕組みをして尊大に言い放った銀時に、土方が返した言葉はこうだった。
「そうか。死ね」
「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
 言い捨てて踵を返す土方の前に銀時は回り込んだ。
「お前ッ、何だその願い! ふざけてんのか」
「ふざけてねえよ。今お前死なねーかなーって思ってたとこだ」
「自分の誕生日に人の死を望む奴があるかァ!」
「俺の誕生日なんだから俺が何望もうが勝手だろうがァ!」
「お前他に夢くれェあるだろう! 銀さんとエッチしたいとかエッチしたいとかエッチしたいとか」
「思うかアアア! ンだその汚ェ欲望! 夢と呼べるかァ! 腰を振るなァァアアアア!」
 大体なあ! と土方は庭に転がるツボを勢い良く指差した。
「アレのどこがランプだテメェ! ただの小汚ぇツボじゃねえかァ!」
「元々はランプに閉じ込められていたんですゥ! けどランプが壊れたからってババアがあのツボに……」
「聞いてねーよテメェの身の上話なんざ」
「くしゃみ一つで呼ばれたからにゃそれが私のご主人様……」
「くしゃみどころかあくびもしとらんわ!」
 すげない土方に業を煮やしたのか、銀時は作戦を変えて来た。馴れ馴れしく肩に腕を回し、穏やかに話はじめる。
「お前よぉ、俺の事助けてくれたじゃねェかよー。さっきみてェに擦ってくれよマイサン」
「小汚ェ発言すんな耳が腐るわ。それともそのマイサン斬り落としてやろうか?」
 土方はそう吐き捨てやたらべたべたと触ってくる銀時を振り払った。
 何なのだ一体。普段からふざけた男だと思っていたが今日は特に酷い。これが土方に対する嫌がらせだというのなら効果覿面である。
 元を正せばこれは沖田の悪ふざけが原因だ。
「総悟ォ! 出てこいコラァ!」
 土方は屋敷に向かって叫んだ。ほどなくして赤いアイマスクを額にあげた沖田が、いかにも寝起きですといった風情で障子を開けて出てくる。
「何叫んでんでィ土方うるせえな。煩くて寝れやしねーよ」
「勤務時間中に寝るたァどういう了見だ。表出ろコラ」
「何言ってんでィ土方さん。今日は子供の日だぜ。子供は柏餅食ってちまき食って寝る日でさァ」
「テメェは立派に大人だろうが! っつかまあいい。コイツどうにかしろ」
 そう言って土方は背後に立つ銀時を示す。沖田は銀時の姿を頭のてっぺんからつま先までまじまじと眺め回した後こう言った。
「ランプの魔人さんじゃねえですかィ、お疲れさんでさァ」
 沖田の台詞に背後の銀時が軽く片手を上げる。
「なんでィ土方さんのむっつりスケベ。ちゃんと三回擦ったんじゃねえか」
「オイコラテメーいい加減にしろっつーんだよ。ランプの精だか何だかしらねえがネタは上がってんだ。テメーが万事屋と組んで悪ふざけしてんだってな!」
 だから茶番は終わりだ。土方はそう告げたつもりだった。ところが沖田はきょとんと土方の顔を見返す。
「……何だよ。何だっつーんだよ」
 被害者は土方の方だというのに何故自分が悪い事をしているような気分にならねばならないのだ。そんな不条理を抱えつつ土方は沖田を問いただす。だが沖田の返事は思いもよらないものだった。
「土方さん、そのお人は万事屋の旦那じゃありませんぜ」
「はぁ? 何言ってんだテメー、これのどこが万事屋じゃねえって」
 土方の台詞に沖田は盛大なため息をついた。その不遜な態度にカチンとくる。
「というわけでさァ。証拠を見せてやって下せェランプの旦那」
「証拠ォオ? めんどくせーなもうこれだから頭固い人は」
「ンだとコラァ!」
 馬鹿にされたと思った瞬間、土方の矛先が銀時へと向けられる。だが銀時は落ち着き払った様子で「アブラカダブラ〜」と気の抜ける呪文を口にした。
 ぼわん、と白い煙が上がる。
 そして銀時の姿は消えた。
 目の前で人が消えたショックから、土方は絶句してしまう。口をぱくぱくさせた姿はまるで酸欠の金魚だ。
「き、消え、消えた!?」
「オーイ、ランプの旦那あー、そろそろ出てこねーと土方さんが酸欠起こして死にまさァ」
 あ、死ねばいいのか。などと軽口を叩く沖田に突っ込む事もままならない。あたふたする土方の耳に再び「アブラカダブラ〜」と気の抜けた呪文が聞こえてきて、同時にぼわんと空気が振動しどこからともなく煙が上がった。
「ホーラ、魔法だよー。これで信じた?」
 土方の背後に現れた銀時――いや、ランプの魔人はそう言ってまた馴れ馴れしく土方の肩を抱く。





 五月五日。生まれて来た事を後悔したのは、土方にとって初めての事だった。



070505
続きません。

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