サプライズ



 その日。

 特別警察真選組屯所は、妙な緊張感に包まれていた。
 場所は隊士一同が集う事の出来る大広間である。集められた隊士達は皆、緊迫した表情で一点を見つめていた。
 彼らの視線の先には、大将の近藤がいる。いつもは明朗快活な近藤が、真面目くさった顔をして皆の前に立っているのだ。朗々とした近藤の語りを聞き逃すまいと皆の神経が集中した。

「えー、世の中大型連休で浮き足立っている今、今日一日くらいハメを外して皆で騒ぎたいところだが、我々には江戸を護るという使命がある。酒はこの一杯だけで我慢してくれ。だが感謝の念なら俺がいくらでも注ごう。本当に――」

 そこで一旦、近藤は言葉を切った。隊士達がごくりと唾を飲み込む。

「誕生日おめでとうトシー!」
 近藤が手にした杯を掲げ大きく乾杯の音頭を取る。それに呼応して隊士達の「かんぱーい!」という声が屯所に響き渡った。




「いやあ、悪ィねェ。なんか俺達まで呼んで貰っちゃってさ」
 殊勝な言葉とは裏腹に、銀時はもう何杯目になるかしれない酒を煽っている。
「何言ってんですかィ旦那。今日は無礼講ですぜ。日頃いがみあってる事ァ忘れて楽しんでいって下せェ」
 そう答えたのは真選組一番隊隊長・沖田だ。先程から一升瓶を離そうとしないこの青年は、頬を赤く染め吐く息も酒臭い。そんな沖田が空になった銀時のコップに酒を注いだ。「オ、悪いね」と銀時が杯を受ける。
 本来なら真選組の集まりに部外者は呼ばれない。だが今回ばかりは特別だった。なぜなら今日、五月五日は真選組副長、土方十四郎の誕生日なのだ。その祝いの席に銀時達は招待されたのである。勿論、土方本人にではなく、局長の近藤と隊長の沖田によってではあるが。
 宴の席に招待された万事屋ご一行は三人が三人とも好き勝手な事をしていた。銀時は沖田と酒を酌み交わしているし、新八は堂々とタッパーを持ち込んで料理を持ち帰るつもりのようだ。神楽に至っては目につく食べ物はすべて食い荒らしているという有様である。
「ところで……」
 銀時はきょろきょろと辺りを見渡す。何かを探しているようなその仕草に沖田が「何ですかィ?」と答えた。
「あのよォ……柏餅、とかちまき、はねェの?」
 五月五日につきものの菓子の名を挙げた銀時である。
「ああ、ありますぜ」
「え、どこどこ」
「あっちの卓の上でさァ」
 ほら、と指差した先に求めるものはあった。やはり糖分がなければ始まらないらしい銀髪の男は、よっこらしょ、のかけ声とともに重い腰を上げる。いや、甘味の為ならば重い腰も一瞬で軽くなるというものだ。
 目当てのものを無事に見つけた銀時は片っ端からそれらを頬張り始めた。柏餅を酒の肴にする銀時を、今日ばかりは誰も咎めはしまい。何せ今日は土方の誕生日だ。――誰も銀時に注意を払っていないと言った方が正しかった。現に周囲の隊士達は皆土方を祝う言葉と共に酒を酌み交わしている。今更部外者が何をしたところで関係ないのだろう。


 副長、おめでとうございます。
 精々長生きして下さいよ。
 俺達一生着いて行きますよ。


 山崎退も皆と同じく晴れやかな気持ちで土方の誕生日を祝っていた。最初に近藤がハメを外しすぎるなと言ってはいたが、その実一番ハメを外すのは近藤なのだから説得力に欠けるのはどうしようもない。それに、今日一日くらいは嵐も避けて通ってくれるのではないだろうか。何しろ鬼と呼ばれる人の誕生日なのだから。そんな希望的観測を持ってしまう。
 と、そこで山崎は生理的なものでふるりと身体を震わせた。土方の誕生日にかこつけて、少し飲み過ぎてしまったかもしれない。席を立ち、厠へ向かうため障子に手をかけようとした時、それはひとりでに開いた。
「あれ?」
 屯所の障子って自動ドアだっけ?
 酔いの回った頭で一瞬そう思う。
 だが次の瞬間、山崎は思いがけないものを見てしまった。
「アレ?」
 開いた障子の先にいたのは、黒い洋装の男だった。その服装はいつも見慣れた真選組の制服で、しかも山崎が普段袖を通しているものとは微妙にデザインが違う、幹部クラスの者だけが纏う上着だった。今日は土方の誕生日という事で皆仕事を置いてとうに私服に着替えているというのに、まだ居残って仕事をしていた者がいたのだろうか。
 山崎は気の毒なその人の顔を振り仰いだ。
「アレ?」
 視線の先には、そこにいるはずのない人がいた。
「……何やってんだ、お前ら」
 常よりも低く、しかし冷静に響いた声。目出たい祝いの席に興じていた面々も驚いた顔をして部屋の入り口に立つ男に目を奪われていた。
 室内の各地で小さなどよめきが起こる。その声はどれも「なぜ」とか「どうして」といったもので。それもそのはず。
「何で副長が……?」
「誕生日のはずだろ」
 そこに立っていたのは、本日の主役・土方十四郎本人に相違なかったのである。

 土方の目が室内の様子を見渡す。
「何やってんだ? お前ら」
 わざわざ問わずとも机の上に並んだ料理や酒を見れば祝いの席だと容易に知れる。何より、向かって正面の壁に掲げられた『誕生日おめでとう副長!』の文字を見れば目的は余計に明らかだろう。
 しかし烈火の如く怒るのではなく、あくまでも冷静な土方の声に隊士達は内心震え上がった。誰かなんとかしてくれ!
 声を上げる事も許されないその状況で、立ち上がったのはやはりこの男だった。
「何って見れば解るでしょう。土方さんの誕生会ですぜ」
 そう言って沖田は手にしたフライドチキンにかぶりつく。
「ほおお? で、どーしてアイツらまでここにいる」
 土方はこの状況においても尚、我関せずと好き勝手な振る舞いをみせていた万事屋を示した。
「旦那は俺と近藤さんで招待したんでさァ。文句言われる筋合いは無ェや」
「ほおおおおおおお? で、テメーら一体誰を祝ってんだ」
 土方の声が怒気を孕む。それが解っていない沖田でもあるまい。ただ、沖田は怖がらないだけだ。
「誰って決まってっんだろィ。土方さんでさァ」
 ぷつり、と土方の堪忍袋の緒が切れた。
「じゃあ何で俺が呼ばれてねェんだよ! ぶった斬るぞテメェ!」
 とうとう土方が吠える。
「なんでィアンタいなかったのかィ。俺ァてっきり近藤さんと一緒にいるもんだと思ってやしたぜ」
 と沖田が言えば。
「オイオイ、俺ァ山崎と飲んでるのかと思ってたぞ」
 と近藤。
「え、俺は隊長ん処にいるもんだとばかり」
 と山崎が言う。
 この場にいる誰もが皆、土方は誰か別の者の所にいるのだろうと信じて疑っていなかった。



「これが本当のサプライズパーティーでさァ」
「いるかァアアアアアアそんなパーティー!!!」
 こうして土方は年に一度の誕生日を迎えたのだった。








 ハッピーバースデー!



060505
で、ちまきは無ェの?

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