も真選組へ入らないか!

 



 真選組屯所の庭はいつになく賑わしかった。というのも、そこに若い男達が一堂に集められていたからだ。
 しかし彼らは真選組の制服である黒の洋装ではなく、ごく普通の着物に袴といった出で立ちで、しかも真選組の隊士なら必ず下げているだろう刀も携えていなかった。
 なぜなら――彼らは真選組の隊士ではなかったからである。


「ほう、随分集まったもんだな」
 日の光が射し明るく照らし出された庭の様子を、薄く開いた障子の隙間から眺めていた土方がぼそりとつぶやく。それを受けて傍らにいた山崎が即座に口を開いた。
「ざっと五十人。盛況ですね」
 そう言った山崎の手元には、彼らが持参した書類が束になって抱えられている。顔写真付きのその書類は庭に集められた彼らの経歴が記されている、いわゆる履歴書と呼ばれるものだ。
 そう、屯所の庭に集まった男達は真選組への入隊希望者だった。江戸の治安を守る特殊武装警察は、十分に人手が足りているとは言い難い。そのうえ近頃では攘夷志士もなにも関係のない仕事まで幅広く手がけているため、慢性的な人手不足は実のところ深刻だった。そのため真選組では大々的に入隊希望者を募ったというわけなのである。
 対テロリスト組織である真選組は危険な仕事も伴うと広く知られていたが、なんといっても幕府直属の組織であるから高給が期待できる。そのうえ廃刀令が施行されたこのご時世に堂々と帯刀できるとあっては、腕に覚えが有り血の気が多い連中にとって、隊士募集の知らせは願ってもなかったことだろう。
 志願者は予想していた以上に集まった。
「これもあのポスターのおかげでさァ」
 そんなことを言ったのは、山崎と同じく傍らに控えていた沖田だ。
「良い出来でしたからね!」
 眉間に皺をよせた土方が何か言うよりも早く山崎が即答する。二人の言に土方はますます渋面を作った。
「……ってか何で俺? ギャラは出ねーし」
 そうして不満を露にする。


『君も真選組に入らないか!』


 そんなキャッチコピーとともに、大江戸中に張り出されたポスターに映っているのは刀を構えた土方の姿だった。ポスターには当然真選組副長の名が記され、キャンペーンよろしくテレビでも紹介されて話題を呼んだのだ。
 だが土方は不満だった。公僕ということでポスターのモデル代が出なかったこともあるが、何より本来ならその仕事は局長である近藤のものだったのだ。それが急遽土方へと変更されたのである。
「だって仕方ねーでしょ。撮影ん時、近藤さん顔が腫れ上がってたんだから」
「ったくあの人もなんでわざわざ知らせに行くんだか。殴られんのわかってんだろーが」
「解らねェから行くんでしょ」
 沖田の言葉に土方は舌打ちで答える。そうなのだ。近藤がモデルの仕事を降りなければならなくなったのは、近藤の顔がとても撮影に適している状態ではなかったからだった。その理由が、近藤が入れあげている暴力ホステスだというのだから土方としては面白くないわけなのである。
 その上、大江戸中に貼られたポスターは各地で盗まれるという被害が続出した。おかげで上の連中にも、真選組は局長よりも副長のほうが人気なのだと嫌味を言われる始末である。土方にしてみれば「やりたくてやったわけじゃねえよ!」と言いたいが、顔をぼこぼこに腫らした近藤が拝み倒してきては、断れるはずはなかった。

「で、あれ面接すんの誰だ」
 庭に視線を向けたままでの土方の声には至極面倒そうな響きが滲んでいた。集まった五十余人から本当に使えそうな人間を選別するのは確かに手間がかかるだろう。そんな仕事は大抵副長である土方に回ってくるし、そのことは土方も承知しているはずだ。だが。
「近藤さんでさァ」
「あ、全員受かるなソレ」
 沖田の返事に土方は無表情につぶやいた。土方と違い、局長である近藤は底抜けのお人好しである。隊士としての適正よりなにより、集まった者は即採用してしまいかねない。というより、おそらく全員採用だろう。一応、ある程度の書類審査はしているとはいえ――募集をしていないのにやって来た女性隊士志願者はすべて不採用だった――、隊士の数が今の倍以上に増えることに変わりはない。
「屯所が手狭になるじゃねーか」
「まかせといて下せェ。明日には半分にしときまさァ」
 土方の文句に沖田はさらりと答える。
 ――どうせ半数は土方さん目当てだィ。
 と言わないのは、それを口にする愚を充分に知っているからだ。だが傍にいた山崎は何事か察したのだろう。沖田の気配に顔を歪めている。
 土方は庭へ向けていた目を沖田へと向けた。さらりと流れる細い髪は薄い色をして、小柄で可愛らしい容姿をした真選組隊長。その剣技は恐ろしいほど無比で冴え渡っている。
 いくら少数精鋭とはいえ、今の真選組では隊士が少なすぎるのではないかという余計な意見もありがたく頂戴している以上、ある程度の隊士は必要だ。だが沖田のやんちゃに耐えられないようでは、真選組での前途は多難だろう。
「……しっかり揉んでやれ」
 土方のことばに沖田の瞳が動いた。ほんの僅かな動きだが、その目浮かんだのは間違いなく興奮の光だ。
「はいよ」
 いつもなら簡単に貰えないだろう許しに沖田の気がかすかな歓喜を見せる。同時に、湯気が立ち上るかのごとく沖田の気配が変わったのを間近に感じた山崎は、哀れな志願者が果たして何人残れるのか計算する。一人、二人は根性のある者もいるだろうか。だが。
「総悟のしごきに耐えた奴にゃ、俺が直々に祝ってやるよ。マヨネーズで」
 それは嫌がらせなどでは決してなく、きっと副長最大級の賞賛なのだろう。けれど山崎は思った。
(あ、こりゃ全員落ちるな)


 薄く開いた障子の向こうの世界はそんなことを知る由もない。明るい太陽に照らされた五十余人の若者達。おそらく皆それぞれ明るい未来を描いているだろうに。
 何も知らず屯所の庭で局長が来るのを待っている彼らが不憫で、山崎はそっと胸中で手を合わせた。



050913
真選組すくないよなあと思って。

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