非常ベルをらせ!








 自転車に乗った怪しい人物を職務質問にかけたところ、過激攘夷派テロリスト桂小太郎だった。捕獲のため発砲するも、桂は逃走。しばらく付近を捜索したが発見に至らず。桂が消えた周辺を張り込むことに。
 数日後、検問にて駕籠を担いだ不審人物を発見。中身を改めようとしたところ逃走。攘夷派による桂小太郎逃走幇助と思われたので、発砲。しかし後に攘夷派とは全く無関係の小物であることが判明。判明理由は本物の桂小太郎がスクーターに乗って現れたため。桂捕獲に全力を尽くしたものの確保ならず。以降、桂の足取りは不明。
 尚、駕籠に拉致されていたラーメン店の女性店主に事情聴取を行ったがこれといった情報は得られず。桂については、全国のラーメン屋を修行して回るラーメン求道者としか聞いておらず、武者修行の一環として一時雇っていただけで、詳しい素性は知らなかったという。

 報告は以上でさァ、とうち切った沖田に土方は「ご苦労だったな」と形式通りの言葉をかけてやった。まず最初の検問の時に逃げられたとはいえ、相手はあの桂小太郎だ。一筋縄でいくような相手ではないということは重々承知している。
 それに、今回桂を匿っていたと思われる女性店主も知らぬ存ぜぬを貫いていて協力を見込めそうにないし、彼女は彼女で遊廓に売られそうになった被害者だ。あまり手荒な取り調べもできまい。調べたとしても、自分を助けてくれた桂を売るとは思えないし、実際彼女は攘夷志士とは無関係の一般市民だから、叩いたところで埃など出るはずがないのだが。

「……あン? どーした。まだ何か用か」
 てっきり沖田は部屋を辞したと思って考え事に熱中していたというのに、ふと顔をあげれば幼い顔をした部下が同じ場所で立ちっぱなしていたので土方は驚いて声をかける。
「桂を取り逃がしました」
「いやそれはさっき聞いたから」
 お前報告したじゃねえかよ、と土方が言えば沖田は珍しく神妙な顔をして「土方さん」と切り出した。いつになく真面目な態度の沖田に土方は少し怯む。
「何だよ……」
「仕置きは、いいんですかィ」
 沖田の台詞に土方はたっぷり十秒は黙り込んだ。
「……ハ?」
 そして今何て言った? と聞き返す。随分と聞き慣れない単語を耳にしたような気がしたのだが。まさか沖田の口から出るとは思わないような類の言葉が。
「仕置きでさァ」
 次もまた、土方は黙りこんだ。黙って今し方耳にした言葉の意味をよく考える。
「誰が誰を?」
「土方さんが俺にでさァ。だって桂を逃がしちまったんですぜ」
「いや、だからそれは別にもういいって」
「いいわけないでしょ。いいですか。桂小太郎ですぜ。取り逃がしちゃァ拙いでしょ」
 沖田の言うことは至極真っ当で、真っ当すぎて却って気持ち悪いくらいだ。確かに桂小太郎は攘夷志士の中でも爆発物に長けた危険人物である。野放しにしているのは非常に拙い。けれど、奴はなかなか尻尾を掴ませない、食えない人物でもある。そんなくせ者相手にいちいち失敗を責めていたのでは隊士がもたないだろう。
「いや。だから、いいっつってんだろーが」
「それじゃあ困るんでさァ」
 沖田は尚も食い下がってくる。一体どうしたというのだろう。いつもは恐ろしく不真面目で、勤務中にふざけたアイマスクをして惰眠を貪るような奴なのに。土方が注意しようが柳に風、馬の耳に念仏を地でいくような男なのに。この急激な仕事への情熱は何だ。悪いものでも食べたのかと、土方は少し心配になった。
「お前、何言ってんだ。大丈夫か」
 部下がまともなことを言っているのに何故頭の心配をせねばならないのか。そんな矛盾にも気づかず土方は目の前の沖田を思いやる。
「俺は正気ですぜ」
 そのクソ真面目な顔が却って心配なんだよとはさすがに言えない。
「っていうか、なんでお前はそんなに仕置きにこだわんだよ」
「土方さんこそ、俺を焦らしてるんですかィ」
「ハァ?」
「そうかィ。焦らしてんのかィ。そういうプレイできやがったか」
 沖田の言動は土方の理解を軽く超えていた。大体、焦らしているとかプレイだとか、この場にそぐわない単語は何なのだ。幾分引き気味に沖田を見れば、
「仕事に失敗した部下には仕置きするもんでしょ」
 仕置きと称して焦らしたり嬲ったりするのが土方さんの仕事ですぜ! と言い切られる。
「そりゃァまたとんでもねェ仕事だな……」
 ここは間違いなく怒っていい場所だと思う。そう思いながらも、土方は自制した。何もキレるばかりが副長の仕事ではない。ここはひとつ、冷静になって部下の心情を探ってみようではないか。こめかみは先程からぴくぴくと痙攣していて、頭の血管は切れそうになっているが、それもこの際不問だ。
「で、てめーはどっからそんな知識を仕入れてきやがった?」
「山崎の持ってたAVでさァ」
「……ほォ?」
 それを聞いた土方が己の拳を己の掌で受け止めた。パン、と乾いた音が響いたが、構わず沖田は話を続ける。
 そのAVはね、仕事のできねェダメ部下が女上司に罵られていたぶられてお仕置きされるって内容だったんでさァ。まあ手っ取り早く言うならSMなんですがね。ただそのAV女優ってェのがまた、黒髪ショートカットでつり目、ちょっと土方さんに似てましてねェ。そそられるのなんのって……あれ、土方さん? 刀なんか抜いてどこ行くんですかィ。俺への仕置きが残ってるでしょ。え? 山崎? 山崎なら今頃ビデオでも見てるんじゃねェですかィ。
 そんな沖田に「そうか」と一言返事をした土方は、
「山崎ィィィィ!!」
 そう叫びながら部屋から走り去った。







 その後。
「オイ、トシ」
 屯所の廊下で土方は近藤に呼び止められた。
「なんだよ? 何か用か近藤さん」
 土方が聞けば、近藤は声を潜めてこっちこっちと手招きしてくる。一体なんだろうと思いつつも招かれるまま近づけば、いきなり肩を引き寄せられたので面食らった。何なんだ? と動揺する土方に、近藤はきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、おもむろに上着の中から隠し持っていたらしいケースを取り出す。
「あのな、これ……」
 そうして差し出されたものは一本のビデオテープだった。何だこれは、と目顔で問いかければ。近藤は咳払いを一つして小声で喋る。
「これ、俺の秘蔵品。トシには特別に見せてやるから」
 そう言ってテープを押しつけてきたものだから。
「何だそりゃ……一体何の真似だよ近藤さん」
 そんなものを貰う謂われなどないと。そう土方が言えば近藤は一瞬ぽかんとしたが、すぐに含み笑いに変わった。
「照れるなよトシ。俺はちゃんと知ってるんだから」
 益々意味が解らない。第一このテープは何なのだ。土方が説明を求めても「またまたァ」と近藤が笑って、肘を小突いてくる。
「知ってるぞ。お前、この間没収したんだろ。山崎から」
「あ?」
「『AV出せー!』って、凄かったらしいじゃねェか。でもなァトシ、部下から取り上げるのは良くねェよ。山崎泣いてたらしいからなァ」
「いや、あの……」
 それは誤解だ! と言おうとしたが、近藤は「照れるな照れるな」と笑い飛ばすばかりだった。
「じゃあ、俺そろそろ行くから!」
 ビシ、と手を上げていい顔で去っていく近藤を見送りながら。
 押しつけられたビデオテープを手に、土方は立ち尽くした。





050320

ジャンプネタだった筈なんだけど……。
あれ〜? 山崎災難物語?

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