としはじ





 真選組では毎年恒例で新年会を行う。


 屯所内の一角。隊士全員が一堂に会することが出来る部屋での宴会は何度目になるだろうか。真選組を結成してから。そしてそれ以前の、近藤の芋道場に剣しか能のないろくでなしどもが集った時から――。
 土方もまた、無事に新しい年が迎えられたことを嬉しく思っている一人だった。真選組という名を冠して後も変わらない近藤の人柄と、それに惹かれて集まった連中とこうして酒を酌み交わせることが掛け値無しに喜ばしい。そうは思っていても決して顔にも口にも出さないのが土方という人だ。要するに、わざわざ口にするのは照れるのである。
 そんな土方に、隣に座っていた近藤が声をかけてきた。
「なんだトシ、全然飲んでねェじゃねーか」
「近藤さん……」
「ほら、飲め飲め」
 そう言いつつ銚子を傾ける近藤に、慌てて土方は杯を受ける。注がれた酒を飲み干し、返杯したら近藤は軽く杯を空けた。それを眺める土方の目が、心なしか柔らかい。
「なァ、近藤さん」
「ん?」
「今年もよろしくな」
 土方の台詞に近藤はわずかに目を瞠った。その表情が驚きから喜びへと変化する。口角を持ち上げて笑顔で「それはこっちの台詞だよ」
 と言った。
「お前が女房役として俺を支えてくれたから、今までやって来られたんだ」
「近藤さん……」
 土方の頬が赤らんだのは酒のためだけではない。
 酒の席とはいえ、近藤の口からこんな言葉が聞けたからだ。もちろん、近藤は普段から土方のことを高く評価しているし、自分一人では真選組は立ち行かぬと公言してはばからない。
 けれどやはり――嬉しい。
「なんつってな! 臭かったか、ハハハ」
 言ってしまってから今頃照れくささが襲ってきたのか、近藤は豪快に笑いながら杯に手を伸ばす。すかさず銚子を取り上げ、酒を注いだ土方に、
「父ちゃん、母ちゃん、ちょっといいかィ」
 と沖田の声が割り込んできたので、土方は慌てて渋面を作った。
「オイ、なんだ父ちゃん母ちゃんって。俺はてめーなんぞ子供に持った覚えはねェ」
「だって近藤さんの女房なら俺達にとっちゃ母ちゃんでしょうに。土方さん解ってねえなァ」
「解ってねェのはてめーの頭だ。てめーもう酒が回ってんじゃねえのか」
「自分が弱ェからって俺まで弱いと思われちゃ適いませんや」
「てめーはァ! 生意気なんだよ今年こそ痛い目見せたらァ」
「まあまあ、トシ。正月くらい無礼講でいこうや」
 いきり立つ土方を近藤が宥める。
「こいつはいつだって無礼千万なんだよ」
 止められた土方は面白く無さそうに反論した。それも笑顔でいなしながら、近藤は沖田に「どうした?」と用件を聞いてやれば、沖田はおもむろに居住まいを正したかと思うと、意外な台詞を口にした。
「いつも近藤さんを支えてる土方さんに、プレゼントがあるんでさァ」
「プレゼントだァ?」
 沖田の口から飛び出した言葉に土方は眉を顰めた。他の隊士ならいざ知らず、沖田が自分にプレゼントだなんていったって、容易に信用するものではない。それは土方にとって喜ばしいものであるとは限らないのだ。むしろ、はた迷惑なものの可能性の方が高い。
 けれど近藤にはそんな土方の気持ちが解るはずもなく。
「おお! トシ、良かったじゃねェか」
 と言ってバシバシ背中を叩いてきた。上機嫌だ。
 土方は複雑な表情になった。
「貰っとけ貰っとけ! 総悟がプレゼントなんて滅多にないぞ」
 いや、だから危ねェんじゃねーか。
 そう口にしたところで仲間を信じることにかけては随一の近藤がまともに取り合うはずもない。土方は諦めの境地で「で?」と沖田を促した。まさかこいつだって、正月早々命を危険に晒すようなシビアなプレゼントは用意しないだろうと、信憑性に欠ける望みを抱きながら。
 沖田はその面に笑みを浮かべた。といっても、可愛らしい微笑みなどではない。ほんの少し唇が持ち上がっただけの、わずかな笑みだ。
「プレゼントは隣の部屋に用意してありまさァ」
 と言って立ち上がる。こっちこっちと手招きするので仕方なく土方もその後に続いた。
「近藤さんも来て下せェ」
「ん? 俺にもあるの?」
 酒のペースが早い近藤は赤い顔をして上機嫌だ。にこにことついてきた。
 沖田の足が隣の部屋へと続く襖の前で止まる。他の隊士達は思い思いに酒を楽しんでいた。
「この中でさァ。土方さん、開けて下せェ」
 土方は嫌な顔をした。
「お前が開けろよ」
 襖を開けた途端、白刃が飛んでくるような仕掛けを施しているのではないかと疑ったのだ。沖田の場合、何もそこまではしないだろうという境界線を軽く越えてくるのだ。
「……土方さんは臆病ですねィ」
「いいからさっさと開けろ」
 そんな安い挑発に乗ってたまるかと土方が唸れば、沖田は仕方ないというように大げさなため息をついた。
「じゃあ受け取って下せェ、土方さん」
 スタン、と小気味いい音を立てて襖が開いた。襖が開いた途端飛んできたものは何もない。落ちてきたものもない。それでも警戒を怠らない土方の耳が、「おぉ」という近藤のため息ともつかない声を拾った。何かと思って部屋の中へ視線を投じた土方は、そこにおかしなものを見つけた。
 いや、そのもの自体はごく普通のものである。屯所にあったって何もおかしいことはない。どこの家にでもあろうものだ。それはいい。
 ただ、ものにはTPOというものがある。新年会に興じている今この時に必要のないものがそこにあった。
「オイ」
「ハイ」
「アレ何」
「だからプレゼントだって言ってるじゃねェですかィ」
 飄々と言い返す沖田に土方は舌打ちする。
「アレのどこがプレゼントだってんだ!!」
 土方はびしっと部屋の中を指さす。
「立派にプレゼントですぜ。布団はひとつ。枕はふたつ。完璧じゃねェですかィ」
「て・め・え・はァァァ!!!」
 土方は顔を真っ赤にしていきり立った。
 部屋の中には一組の布団が敷かれていた。沖田の言通り、布団は一組だが枕は二つ置いてある。ご丁寧にも灯りは行灯の間接照明でそれっぽいムードを醸し出している。そういう風に見えたのは自分の心に疚しい気持ちがあるからかもしれないが。――だからこそ土方は目一杯否定するしかないのだ。
 だというのに。
「いいじゃねーかトシ。折角総悟がくれるっていってんだ。受け取っとけって」
 事態をまるで解していないのか、近藤がそんな呑気な発言をしたので、土方はガクリと肩を落とす。
「あのな……アンタ意味解って言ってんのか」
 これだから酔っぱらいは自覚が無くて困る。と、ため息をついた土方の手を誰かが掴んだ。
「あ?」
 誰かもなにも、近藤の手と沖田の手くらい感触で違いは解るつもりだ。顔を上げれば近藤がむやみやたらと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「あ?」
 そのままぐいぐいと手が引かれて、導かれるままに足を踏み出す。総悟曰くプレゼントの部屋に踏み込んで、土方はハタと状況を理解した。
「オイ! アンタ何してんだ!」
 酔っぱらいは力の加減もできないのか土方の抵抗も歯が立たない。
「何ってお前。やるこたァひとつだろう?」
「は?」
 土方の思考回路が止まった。
「それじゃあ総悟、襖閉めといて」
「わかりやした近藤さん」
 素直に従った沖田は一歩も部屋の中に足を踏み入れていない。襖を閉め際に土方の顔を見て一言。
「プレゼント、しっかり受け取って下せェよ」
「オイちょっと待て総悟ォォ!!」
 待て待て待て待て!!
 混乱する頭で土方は必死に考えた。
 だってコレ、お前コレ、俺達新年会の途中じゃねーか一体どうなってるんだコレ。襖の向こうで隊士が宴会やってるんだぞこんなのってあるかそうかこれは夢か、夢だな。夢以外に何があるってんだこんな馬鹿なこと!
「心配すんなよトシ! 皆騒いでるから少々のことじゃ聞こえやしねーよ!」
 どうやら考えていたことを余さず口に出していたらしい。わけがわからないといった表情の土方は、いつもの不敵な余裕が削ぎ落ち、どこか不安げに見える。
「夢、だろ?」
「初夢かもな」
 いつの間にか、間接照明に照らされた近藤の顔が頭上にあった。背中は痛くない。柔らかい布団の感触。



「だったら救いようがねェ」
 その後のことは推して知るべしである。
 
  

 


050104

2005年一発目は近土でした!

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