いって得でしょ






 屯所の廊下で土方は目の前にいる青年を凝視した。鬼の副長と異名を持つ男にじっと見据えられれば、たとえ心に疚しいことが無かったとしても、隊士の殆どは自分の行動を顧みる。仕事のことでも、プライベートのことでも。ただ、その眼力もごく一部の者には全く効かず、今土方の目の前にいる青年もまたそのうちの一人だった。
「なんですかィ土方さん、そんなに見つめて」
 いくら俺が男前だからって、と軽口を叩くのは沖田だった。真選組において隊長という肩書きを持ち、若くして剣の才能溢れ見目も麗しい沖田は、土方に見つめられようが睨まれようがびくともしない心臓の持ち主でもあった。土方はうんざりとしたため息をつく。
「総悟」
「はィ?」
「正直に吐け。そいつァ一体どこから盗ってきた」
 市中見回りの時間に居ないと思ったらこれか! 沖田の手にした荷物に土方は声を荒げた。沖田の手にはスーパーの白いビニール袋がぶら下がっている。それだけなら問題ないのだが、その中身はどうみたって売り物ではない毬栗が山のように入っているのだ。
「ああ、コレですかィ」
 沖田はしれっとした様子で手に提げたビニール袋に目を落とした。
「吐けよコラ。いいか、悪いことしたってなァ、絶対にバレるんだよ」
 その言葉に、毬栗を一つ手に取った沖田は顔を上げ、憤る上司の顔に前触れもなくそれを投げつけた。うぉ! と声を上げて避けた土方に追い打ちをかけるように、今度は手に持った毬栗を彼の顔にぐりぐりと押しつけようとする。
「いたっ、痛ッ、ちょっ! 止めろコラァ!!」
 てめー一体どういう了見だ! と抜刀して牽制した土方に。
「土方さんが失敬なこと言うからでさァ」
 と眉一つ動かすことなく沖田は答える。端から見ればいつも通りの沖田だから、気分を害していると気づく者は少ない。少数派のひとりである土方は、己の勘違いに気づく。気づいたけれど、素直に詫びを入れるような性格ではない。とりあえず剣を収めたものの、ぷいと顔を背ける仕草は最早真選組副長という肩書きを忘れてしまっているようである。
「じゃあ、何だっつうんだよ」
 拗ねた口調で訊ねてきた土方に沖田は「貰ったんでさァ」と告げる。
「貰っただァ? 誰に」
「おばちゃん」
「どこのだ」
「……さァ」
 お前、と土方が呆れたように沖田を見やった。
「仕事熱心な俺が可愛くて感心だっつってくれたんですぜ」
 土方は益々呆れ返った。一体どの口が仕事熱心だというんだと追求したら、「俺はいつだって仕事熱心でさァ」とぬけぬけとした答が返ってくる。
「ねェ土方さん」
「あ?」
「可愛いって得でしょ」
 沖田が土方を見上げて問う。確かに、まだまだ年若く、かろうじて大人の仲間入りを果たしたような沖田の姿は、生来的に整っているのも相まって可愛らしくも見えるだろう。特に真選組はその性質上、厳つい男達が多いから余計に沖田みたいなのは浮いて見える。だが土方は知っている。目の前にいる男が、ただ可愛らしいだけではないことを。
「自慢にならねえよ」
 そうぼやいた土方の鼻先に、栗で一杯になったビニール袋がつきつけられた。
「あァ?」
「土方さんにあげやす」
 うっかり反射的に受け取れば、沖田はもう用は済んだとばかりに身を翻した。荷物を押しつけられたと悟ったのはそれから三秒ほど経ったあとで。
「お前!」
 声を荒げた時にはもう遅い。土方の視線の先で沖田は振り返る。
「可愛いって得でしょ」
 ねェ土方さん。と相変わらずの無表情で告げた沖田の顔を見て、土方は「ほざけ」と悪態をついた。沖田は気にした様子もなく土方を置いていく。その背に向かって「ちゃんと仕事しろよ!」と怒鳴ってやれば、右手だけがひらひらと揺れて返事した。



 土方はビニール袋の口を広げて中の栗に目を落とす。とりあえず明日はこの栗で栗ご飯だということになるだろう。
「嬉しそーな顔しやがって」
 あいつもまだまだ餓鬼だな、と土方は唇に薄い笑みを乗せた。




 ホント、可愛いって得だよなァ。




041124


最後の台詞はどっちのものか。

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