続・い男




 


「おーい兄ちゃん買ってかない? 美味しいアイスだよ」
 殺人的な暑さに辟易しつつ歩いていた土方にかけられた声は、およそ商売人とは思えぬほど怠惰なもので。怠けた声の主を見るのも億劫で、土方は辛うじて片手を上げ不要の意を示す。そのまま通り過ぎようとしていたところ、引き留めるように再び声がかけられた。
「甘くて冷たーいアイスだよ。買わないかい? 買ってけよ生き返るから。なァ――多串君」
 最後に呼ばれたふざけた渾名に、土方は風を切る勢いで男を振り返った。




「てめー銀髪ッ!!」
 勢いよく怒鳴り返した土方だったが。
「……何やってんのお前?」
 目に入った男の妙な出で立ちに気を削がれて、問う。土方の投げかけた疑問に、天然パーマの銀髪に麦わら帽子をかぶり、首からタオルとクーラーボックスを下げている男は「見てわかんねーの?」と呆れた声音で答えた。その返答に些かムッとしたところ、男の隣に幟が立っているのに気づく。
「アイス売りのバイトか」
 そういえばこいつは万事屋だったと思い返す。土方の台詞に万事屋・坂田銀時は「うん」とひとつ頷いた。
「なァ〜、お前暑いんだろ? 一個買ってけよー、美味いぞー、冷たいぞー、甘いぞー」
 台詞だけ聞いていると熱心に勧めているように思えるが、その声音も表情も死にきっていて、とてもじゃないが買う気にはなれない。というか、ジリジリと太陽が身を焦がす中、これ以上この男につき合っていたくない。土方はくるりと方向転換する。
「オイイイイ、てめーそれは無ェだろ。一個くらい買ってけよこの野郎ォォ」
 がしっと腕を掴まれれば、不快感がわき起こる。
「てめー離せコラ暑ィんだよ! っつかてめーの相手すんのは時間の無駄だ!」
「暑ィのは一緒だコノヤロー。っつか暑いんだろ。暑い時はアイスに限んだろ!?」
「喧しい! アイス買うならてめー以外から買うわ!」
「そんなこと言って、ホントは金がねーんじゃねーか?」
「ああ!?」
 聞き捨てならない台詞に土方は背後の銀時を睨みつけた。この暑い最中、アイス売りのバイトをしているような男にだけは言われたくない台詞だ。
「金が無ェのはてめーのほうだろうが」
 凶悪な声で指摘してやれば、銀時は「うっ」と呻いた。その反応に溜飲を下げた土方は、畳みかけるように言葉を続ける。
「そーだよなァ、金が無ェからバイトしてんだよなお前」
「馬鹿お前これ……俺はアイスという名の幸福を配っているんであって」
「あーそうかい。この暑ィのにご苦労なこったな。精々頑張れや。俺は買わねーけど」
 暑さでへばっていたのも忘れ、土方は愉快そうに口角を上げた。いけ好かない万事屋はアイスが売れないと困るのだろう。勝った、と思った。
 それなのに。
 てめーはそこで売れないアイスでも売ってやがれ、と捨て台詞を残して去ろうとしたら、二三人の子供らがわらわらと駆け寄ってきて、
「おじちゃんアイスちょうだーい」
 と銀時に小銭を差し出すではないか。
「バカヤロー! 俺ァおじちゃんじゃねー、お兄さんだお兄さん」
 悪態をつきながらもアイスを売る銀時の姿に、当てが外れた土方は内心面白くなかった。それどころか、子供らが早速包みを開けて冷たいアイスを堪能するのを見ていたら、自分も冷たいものが恋しくなる。それでも万事屋からは買うものかと決意していた土方は、アイスが売れて得意げな顔をしているだろう銀時の表情をちらりと窺った。
 だが土方の予想に反し、銀時の目は子供らへと向かっていた。その視線の正確な位置に気づき――土方は密かに笑う。
「オイ」
「あ? なんですか。まだいたんですか」
 客じゃないなら帰れと言わんばかりの銀時に、益々笑みを深くして、土方はアイス一本分の小銭を差し出す。
「寄越せよ一本」
「……マジですか」
「マジだよ」
 いいからさっさと寄越せ、と催促すれば、銀時は訝しみながらもアイスを小銭と交換した。希望の品物を受け取った土方は、機嫌良く包みを開けながら口を開く。
「確かに、てめーの言う通りだな」
「何が?」
「暑いときは冷たいモン食うに限るって話だよ」
 そう言って土方は、ペロリとアイスを舐めた。銀時が瞠目するのを愉快な心持ちで眺める。
「てめーは仕事中だから食えねえんだろ。売りモンに手ェつけたらバイトもクビだしなァ」
 先程の子供たちが食べていたアイスを、随分と物欲しそうな目で見ていた銀時に対して浮かんだ嫌がらせだ。ふぐぐ、と唸る銀時が愉快で仕方なくて、土方は見せつけるようにアイスに歯を立てた。すると。
「フン、幕臣ってェのはアイスの食い方も知らねェんだな」
 一転して銀時がにやついた顔になったので、土方は眉根を寄せる。どういう意味だ、と問うても返ってくるのはのらりくらりとした返事ばかり。優勢だったはずなのに、もうその立場は危うい。
「それもっと下に持って――そうそう、そんで上から舐める。いいか? 絶対囓んなよ」
 銀時の言に習ってみるものの、随分と食べにくい。抗議しようとした土方より早く銀時が口を開いた。
「はァい、そんで目線こっち」
 その声につい、促されて。土方はまんまと目だけを銀時に向けてしまった。あれ? これって――と閃いたときにはもう遅い。
「お前、迂闊だって言われねェ?」




 頭の中身が沸いた男はにやけた顔で「エロ顔ごちそうさま」と手を合わせる。すっかりしっかりはめられた土方は、悔し紛れに手にした氷菓に思いっきり囓りついた。






040903

「歯が当たったら痛いだろーが!」
「知るかボケェ!」

甘いものばかり食べてる銀土。
っていうかまたアイス!?またアイス!?

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