1/2の選択




 山崎は緊張していた。
 室内には重苦しい空気が立ちこめている。そんな中、紫煙だけが天井に向かって漂っているのが視界の端に映った。
 この空気を作っている原因は目の前に居る男だ。真選組副長――その肩書きを持つ男は土方といって、山崎の上司だった。端正だが穏和だと言い難い面を手元の書類に落とし、時折灰皿の上の煙草に手を伸ばしては、指先で軽く叩いて灰を落とす。幾枚かに綴られている書類を捲る音が耳に入る度、山崎は緊張を強くしていた。
 バサリと。紙の束が土方の目前の机に投げ出され、山崎は直立不動で身構えた。
「――で?」
 土方の発した声は硬い。山崎の勝手な行動に気分を害しているのだろう。勝手な、というのは土方がつい先程まで眺めていた書類のことだった。特に命を受けたわけではなく、ただ山崎が独断で調べあげた内容が記された書類。だが、これは土方のために用意したものだ。勝手とはいえ、重大な事なのだから、我らが無謀の副長に知って貰いたかった。
「副長」
 ――勝手ですが調べさせてもらいました。
 山崎も硬い声で説明を付ける。山崎の言葉に、土方は唇に酷薄な笑みを乗せた。
「ああ、勝手だな」
 口元は笑っていても目が笑っていない。その攻撃的な瞳に恐れを抱きつつ、山崎は我が身を叱咤した。ここで怯んでいては折角作った資料が意味を成さないものになってしまう。
「無礼は承知の上です。けど、そこに書いてあることは事実なんです、副長」
 土方が煙草を口に銜えるのを見て、山崎は心に小さな苛立ちが起こるのを感じた。そんな山崎の心情など興味がないのか、土方はふうっと煙草の煙を吐き出す。
「山崎」
「はい」
「てめーは俺にどうしろってんだ」
 灰皿に煙草を押しつけて火を消した土方が、じっと山崎を見つめた。
「書類の、最後のページに書いてます」
 緊張した声で告げた内容に、土方は机の上に投げ出した書類をぱらりと捲り――。
 フン、と鼻を鳴らした。
「冗談」
「冗談じゃありません」
 強く否定すれば伏せていた目が上げられた。
「俺は副長のために言ってるんです」
 ほう? と土方は面白そうに首を傾げた。
 そうだ。この男がこんな調子だから、自分を顧みないようなことをするから、山崎は独断で動いた。少しでも、目の前の無謀な男にストッパーをかけたいと思って。
「山崎ィ、てめー偉くなったもんだなァ」
 そんな山崎の心も知らず、土方は歪んだ笑いを浮かべる。
「却下だ」
「副長!」
 たまらず山崎は叫んだ。刃向かう部下に土方は、不機嫌な視線を返す。
「せめて、ひとつくらい聞いてくれてもいいんじゃねーですか」
「言ってみろよ」
「できれば第一項」
「却下」
「……なら第二項」
「問題外だろ」
「…………第三項くらいなら」
「俺に死ねってのか?――はい終了ォ」
 あ、と山崎が思ったときにはもう、土方はそのページを破り取り、ぐしゃっと丸めてしまっていた。譲歩する気もないのか、この男は。山崎の顔が引きつる。
「くだらねェ。こんなもん作ってる暇があんなら仕事しろ。以上」
 そう言って立ち上がった土方が山崎の横を通り過ぎた。
 残されたのは立ちつくす山崎と、無碍にされた紙の束。こんな結末を予想していなかったわけではない。何しろあの男は普段から独善的なところが大いにあるからだ。解っている。解っている――けれど。
 山崎は悔しくなった。



「あ。土方さん」
 部屋を出た土方は、廊下の曲がり角で沖田総悟と鉢合わせた。
「何ですかィ、機嫌悪ィなァ」
 無表情を取り繕ったはずなのに一発で看破されてしまい、結局眉間にしわを寄せる。
「ったく……てめーらときたら揃いも揃って」
「なんだィ。俺ァ今日のところはまだ何もしてませんぜ」
「まだってなんだ「まだ」って」
 沖田の台詞に不穏なものを感じた土方がすかさず突っ込む。だが沖田はそれを無視して土方の後方に視線を留めた。
「あ、山崎」
 山崎だァ? あいつも余計な気ばっか回しやがって――と先程のやり取りが過ぎった土方の頭に、スコン、と軽い何かが当たって落ちた。二人が下を向けば、丸められた紙がひとつ、廊下に転がっている。
「山崎ィ……」
 低く唸りながら、土方は背後を振り返った。土方の執務室の前、山崎がミントンラケットを振り終えたポーズで固まっている。
「ふ、副長の――」
 アホー!
 と山崎は叫ぶ。と同時に土方の足が廊下を蹴った。
「テメー山崎ィィィィィ!!!」
「ギャアアアアア!!!」
 ラケットを持ったまま、悲鳴を上げて逃げ出す山崎を土方が追う。
「待ちやがれコラァァァァァ!!!」
「ヒィイイイイイイイイ!!」
 遠ざかる罵声と悲鳴を聞きながら、沖田は足下で転がっている紙屑を拾い上げた。皺を伸ばして中の文面に目を落とす。
「愛されてるじゃねーですかィ」
 そう言って、くしゃくしゃになった書類を弾く。とりあえずこれは近藤に提出してやろう、山崎の愛のために。沖田は書類を懐にしまい、踵を返した。



 禁煙は無理だとしても、サラダにかけるマヨネーズがノンオイルドレッシングに代わっていたらあの人はどんな顔をするだろうか。マヨネーズがいつの間にかカロリー1/2のタイプに替えられていたらどうするだろうか。どちらにせよ愉快な反応が見られるに違いない。



 すべてはただ、愛のために――だ。






040828
山土っていうか山崎→土方?

土方さんはおそらくヘビースモーカー。
そしておかしいくらいマヨラー。
立派な成人病予備軍です。

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