ビーチの侍




 

 青い空、白い雲、広い海、照りつける太陽、灼けた砂浜。
「なァ、オイ……」
 波の音、はじける水しぶき、歓声、空に舞うビーチボール、割れたスイカ。
「なんですかィ?」
 水着、小麦色の肌、パラソル、海の家、かき氷、親子連れ、男に女。
「俺達何しにここへ来た?」
「何言ってんだィ土方さん、海っていったらやることは一つだろィ」
 もっさりとした焼きそばを食べながら、隣に立つ男がこともなげに答える。頭にシュノーケルつきのゴーグル、腰には浮き輪、足下はビーチサンダル。ちゃっかり水着も着込んでいて、焼きそばさえ持っていなかったらすぐにでも海へ飛び出せる、そんな海水浴気分満々の姿。
 対する自分は砂浜なのに革靴。黒いズボンに白いシャツ。腰には当然刀。さすがに黒い上着は着られるはずもなく、手に抱えている。ビーチにあるまじきその姿は、周囲から浮きまくっている上、子供にも指をさされる始末。
 だが彼がそんな格好をしているのには訳がある。
「なァ、俺達ァ仕事で来たんだろ」
「そうですぜ」
「だったら何でてめーらちゃっかりリゾート満喫してんだコラァ! えいりあんはどーしたァ!!」
 真夏のビーチで土方はとうとうキレた。





「なんだィ土方さん、えいりあんと遊びたかったのかィ? でもあいつ人気者だからなァ、順番待ちの列ならあっちでさァ、ほら」
 と沖田が示した先には長蛇の列。
「総悟、確かてめェが言ったんだよな。凶悪えいりあんが出没する海水浴場を助けてやるのも真選組の努めだってよォ」
「言いましたっけねェ?」
「とぼけんじゃねェ! だから俺達こんなとこまでわざわざ来たんだろ!? なのにあのえいりあんときたら随分人間に友好的じゃねえかよ、人を襲う凶悪えいりあんはどこ行ったってんだ!?」
「土方さん、情勢は刻一刻と変わるもんですぜ。そんな過去のことにいつまでも縛られてちゃ、進歩は望めませんや」
「あーあよく言った。じゃあ何か? お前らはえいりあん退治のために水着が必要なのか? そんで楽しく海水浴か? アア!?」
「ったく自分が水着忘れたからって俺に当たらんで下せェよ大人げねェ」
「仕事と遊びを一緒にすんじゃねェ!」
「いいじゃねェですかィ。ほら、あれを見なせェ土方さん。近藤さんがクロールしてますぜ」
 沖の方で水しぶきを上げる近藤を指し示せば、土方は痛いところをつかれたというように顔をしかめた。
「……あの人ァ、水着じゃねェだろうが」
「そうですねィ。じゃあ土方さんもいっそ褌で」
「俺はパンツだ!」
「じゃあパンツで」
「……もういいお前。あっち行け」
 土方が顔を背けてしっしっと手を振る。
「別に全裸でも」
「俺を犯罪者にしたいのかてめーは」
 チャキ、と土方の刀が音をたてる。
「仕方ねェお人だなァ」
「どっちがだ!」
 土方が怒鳴るのを無視して、沖田は「山崎!」と海に向かって呼びかけた。
「ハイ! 何ですか隊長!」
 すっかりと濡れた全身に水滴を光らせながら現れた山崎に、土方は思わず殺意を抱く。
「俺の荷物からアレ持ってきてくれィ」
「はいよ!」
 だが土方が何か言うより早く、沖田の命を受けて山崎は動く。走り去っていく後ろ姿を見て土方は少し複雑な気持ちになった。
「ああ、すみませんねェ。土方さんの『可愛い山崎』を俺が使って」
「なッ、なんだ可愛いって!」
「言葉通りの意味でしょ」
 沖田は意味ありげに視線を寄越す。この男は土方の心の動きにやたら敏感な時があるから、こういう時の対処に困る。土方はチッ、と舌打ちして顔を背けた。
「隊長! 持ってきました」
 山崎が黒い巾着を持って帰ってくる。沖田はそれを受け取り、そのまま土方につきだした。
「あ?」
「着て下せェ」
「何を」
「土方さんが水着を忘れた時のために用意してたんでさァ。着て下せェ」
 土方は黙って袋を見た。沖田がそんな気の効く男とは到底思えない。何か魂胆があるに違いないのだ。なのに山崎ときたら素直に顔を輝かせて
「良かったですね副長! これで海に入れますよ!」
 などと無邪気に喜んでいる。その脳天気な顔を見ていたら、土方は今の自分の状況がなんだか虚しくなってきた。
 ああ、こいつみてーに水着になって、海ん中入ったらさぞ気持ちイイだろーなァ。
 照りつける太陽が土方の判断力をとろかせる。受け取った黒い袋をごそごそと探れば、水着特有の手触りがした。とりあえず素材はまともか。小さな布きれを取り出して――土方は眉間にしわを寄せた。
「ビキニかよ……」
「似合いそうでしょ」
「てめーどの面さげて……山崎?」
 沖田の隣に並んだ山崎の顔が赤い。暑さにやられでもしたか? と言うと「大丈夫ですっ!」と慌てた声で首を横に振った。
「副長……それ、着るんすか?」
「ああ?」
「山崎も見たいよなァ、これ着た土方さん」
「え、ええっ!? あ、の……えっと……」
 山崎は本気で照れているらしく、返事がしどろもどろになっている。なんだよお前ビキニくれーで恥ずかしがるなよ、と土方は返って冷静になれた。見たところ普通の水着だ。ちょっとセクシー系か? まあ贅沢いってられねえか、と妥協しかけた土方は、何気なく水着をひっくり返して――固まった。
「総悟」
「はいよ」
「ひとつ聞きてーんだがよ」
「何ですかィ」
「この水着、欠陥品じゃねェ?」
「いいえ。それで普通ですぜ」
 あわわ、と山崎が狼狽えている。てめー見えてやがったな、と土方が鋭く睨みつければ「ヒ!」と小さな悲鳴があがった。まあいいてめーは後回しだ。土方は沖田に目を向ける。
「ほぉお? 俺にはケツに穴が空いてるように見えるんだが」
「穴? 冗談言うんじゃねーや。それは歴としたオーバックですぜ。おしゃれでしょ」
 プチ、と血管が逝った気がする。
「何がおしゃれだこの破廉恥小僧ォ! こんなもん穿けるかァ!!」
「おや? 土方さんはTバック派でしたかィ。そりゃ気づきませんで」
「Tバックだって穿くかァ! てめー滅びろォ!」
「副長落ちついて! あんまり叫ぶと日射病になります!」
「関係あるかァ! てめーら皆叩っ斬ってやる……」
「なんだい、たかがケツくれーで。男だったらいっそフルチンで泳ぎやがれぃ」
「てめーのその生意気な口利けなくしてやらァ!! そこへ直れ!」
「や、やめて〜! 副長やめてえ〜!!」
 汗だくの土方が抜刀しようと刀に手をかけるのを、水着姿の山崎が必死にしがみついて止める。



 青い空、白い雲、広い海、照りつける太陽、灼けた砂浜。
 波の音、あがる水しぶき、歓声、はずむビーチボール、割れたスイカ。
 水着、小麦色の肌、パラソル、海の家、かき氷、親子連れ、男に女。



 土方がそれらを楽しむ余裕はまだ、無い。






040817
沖田×土方&山崎→土方

この後土方さんは近藤さんに海に放り込まれます。
そして「ビーチの侍」Tシャツをゲットします。(勿論無理矢理)
真選組がこんなとこまででばる理由などないことに
気づくのは 夜になってからです。

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