スナイパーにをつけろ!




 

 何事も後始末というのは面倒なものだと相場は決まっている。それが江戸をあげての大がかりな祭典の始末となれば尚更。その上過激派テロリストに狙われ、幾体ものカラクリが将軍の首を狙って襲いかかってきたとなれば、そこはすでに祭り会場ではなく戦場だ。戦場の後始末など、祭りの始末よりさらに悪い。何が悪いって後味が悪い。祭りは成功すれば達成感と充実感にちょっぴり空しさなどトッピングしてハイおしまいだが、テロの後始末には達成感も充実感も起こらないではないか。死人を出さないということも自分たちにとっては当たり前のことで。それに満足して胡座をかくわけにはいかない。――真選組という組織は。



 ひくり、と背中に悪寒を感じて土方は身をかわした。直後、風を切って飛んできた何かが、当たるべき的を失ったせいで放物線を描いて落ちる。音もなく落ちたそれに目を向ければ、コルク玉。
「あ?」
 たかがコルク。当たったところで大したダメージでもない。だが確かにぞっとするものを感じたのだ。土方は目を眇める。
「何で避けるんですかィ土方さん」
 予想通りの声に顔を上げれば、今回の対テロリズムの功労者、祭囃子こと沖田が立っていた。ふざけたことにテキ屋の法被を隊服の上に羽織り、射的遊び用のライフルを肩に担いでいる。
「総悟てめー、その格好は何だ」
 皆が祭りの――もとい戦場の後始末に奔走しているという時に、こいつまた遊んでやがったな、と土方は沖田を睨み付ける。まずはあの玩具の銃を取り上げなければ――そう思って沖田の腕に目を留めた際、おや? とあるものに気付く。
「お前、その時計どうした」
「ああ、これですかィ?」
 沖田の手首に見慣れない時計が巻き付いている。だが、買ったにしては細い手首に余っているし、文字盤のガラスも割れているように見えるのだが。
「こいつで獲りやした。けどあんまいい景品が無くってねェ」
 沖田はコルク銃でとんとんと肩を叩き、わざとらしくため息をついた。
「ほぉぉ?」
 土方の頬がひくりと引きつった。つまりこいつは、土方や近藤がお上の警護をしていた頃、呑気に射的で遊んでいたというわけだ。近藤の信頼など見事に裏切って。
「やっぱりてめー遊んでやがったのか。……って、何お前銃口にコルク詰めてんの」
「何言ってんですかィ。銃に弾込めるのは撃つためでしょーが」
「いやだからお前何撃つ気!?」
「だから言ってんじゃねェですかィ。ろくな景品が無かったんでさァ」
 ――その射的屋。
 そのうえ、その場にいたチャイナ娘にオヤジの乳首を獲られたんでさァ。ね、土方さん。ちょっと腹立つと思いませんかィ。え、思わない? 知らない? 土方さんは冷たいお人でさァ、俺の気持ちなんてちっとも解ってくれねェんだから。
 勝手な言い分をすらすらと並べ立て、沖田はコルク銃の照準を土方へと合わせた。
「なんでそれ俺に向けるわけェ!?」
「というわけで射的ですぜ。土方さんは景品。当たったらアンタは俺のもの」
「繋がってねェよ!! って勝手に景品にすんじゃねェッ……!!」
 うぉ! と声を上げながらも、土方はしっかりとコルクの弾を避ける。
「避けねェで下せェよ。そんなに俺のものになるのが嫌なんですかィ」
「当ッたり前だボケェ! 誰がてめェのもんになるかァ!」
 連射されるコルク弾を避けつつ叫び返した土方に、沖田はチッと舌打ちを漏らした。
「仕方ねェなァ。ならこっちも本気出しますぜ」
 がしゃん、と玩具の銃を手放した沖田は、懐から黒い鉄の塊を取りだした。その見覚えのある、黒光りする形状の代物に土方は息を詰めた。
「オイ……総悟?」
「土方さんが悪ィんですぜ。ま、安心して下せェ。命までは獲りゃしませんから」
「って涼しい顔して実弾込めてんじゃねェエエエ!!!」
 土方が絶叫すると、沖田は「あ」と声をあげて装填した弾を外す。金色に光る銃弾がぼとぼとっと地面に落ちて転がった。
「いけねーいけねーうっかりしてた」
「うっかりで済まされるかァ! てめー!!」
「ペイント弾使うんだったィ」
「俺ァ用があるから、じゃ!」
 沖田に仕置きするつもりで近づこうとしていた土方だったが、ここは退避すべきだと判断して軌道修正する。
「逃がしませんぜ」
 素早くペイント弾を装填し終えた沖田が、土方に銃口を向ける。
「危ない、副長!!」
「!!」
 前触れもなく弾き出された弾が、黒い隊服の背中に当たった。「ぎゃっ!」と言って倒れた男を見て沖田は一言、何の感傷もなく、
「山崎ゲーッツ」
 と宣った。その淡々とした態度に薄ら寒さを感じて、土方は沖田を見やる。
「ふ、ふくちょ……」
 土方をかばう形で倒れた山崎は、震える片手を伸ばしていたかと思うと、ぱたりとその場に伏した。隊服が黒くて分かり難いが、山崎の背中に大きな染みが広がっているのが見えた。
「オイ……山崎?」
「ノリが良いなあ山崎ィ、アカデミー賞もんの演技だぜ」
「……えへ」
 沖田に褒められた山崎がぴくりと笑った気配に、土方の怒りに火がついた。
「てめー山崎コラァ! 山崎の癖に何してやがらァ!」
「人のこと心配してる暇あるんですかィ」
「――チィ!!」
 咄嗟に避けた二発目は土方の背後にある瓦礫に当たった。ピンク色の液体が弾け、べったりと汚れが付着する。当たればああなるのか、と視界の片隅で確認しながら、そんなのは御免だと思った。
 とりあえず今は山崎を殴るよりも沖田の銃弾から身を守らなくては。幸いにもこの場には崩れた屋台やら櫓やらの残骸が有るので身を隠すには困らない。沖田の無表情な瞳を伺いながら、じり、と土方は注意深く後退した。
 沖田が銃を構え、照準を合わせる前に土方は横に飛んだ。沖田の持っている銃は回転式で装填できる弾数は六発。すでに二発撃っているから残り四発。それは相手も理解しているだろうから、これから先無駄弾は撃ってこないだろう。ただ、全弾撃ち尽くした沖田が銃弾を再装填しないかどうかまでは保証できないのが辛かった。



 土方の脇を逸れたペイント弾がボロボロに壊れてスクラップ同然となったカラクリに着弾し、飛沫を散らす。
 ――あと三発!
 どうにかして残りを使い切らせてしまいたい。
「副長、なに遊んでんですか〜」
「うるせェェ!!」
 こそこそと身を隠しながら移動していると、他の隊士共に白い目で見られる。が、そんなことに一々構っていられない。しかし――。
「どうして俺ァこんな目にあってんだろーな」
 不意に我に返って、土方は深いため息をついた。
「何がだトシ」
「いや、総悟の野郎に撃たれそうに……ってアンタそこで何やってんだ」
 土方は驚いて声の主を見た。地面にしゃがみこんだ近藤の手が土で汚れているのが目に入る。土方が詰問すれば、近藤はしゅんと項垂れるものだから、その動きに引きずられるように地面に目を落とせば。
『虎鉄っちゃんの墓』
 とでもいいたいのだろうか。盛り上がった土に近藤の愛用していた刀の柄が挿してあった。
「こんなところで刀の墓作ってんじゃねェェ!!」
「トシ。虎鉄っちゃんは俺の大事な相棒なんだ、墓くらい作ってやらねば可哀相だろ」
「埋めたところでどーにもならねーよ、――ッ!?」
 パン、と乾いた破裂音がしたかと思うと、地面に突き刺さった虎鉄の柄がピンク色に染まっている。
「あ、」
 と二人同時に声を発して。
「折れた虎鉄ゲーッツ」
 耳に届いたのは抑揚のない沖田の声。近藤は変わり果てた姿になった愛刀の柄に手を伸ばし、「ウソォォォ!」と叫ぶ。
「トシ! これ、虎鉄っちゃんが!」
「うるせー、悪ィが相手してる場合じゃねー」
 錯乱する近藤を置いて土方がその場を離れようとした時。その足にしがみつく何かがあった。
 何かというか、錯乱した近藤が。
「トシィイイ!! お前、そんな薄情なこと言うなよォォォ!!」
「!? なッ、離せよ近藤さん! 俺ァ今悪鬼に命狙われてんだぞ」
「いやそれより虎鉄っちゃんが……ってなんだァ!? オイ、誰に狙われてるってェ!?」
 取り乱していた近藤が俄に精悍さを取り戻して立ち上がった。
「いや、人の話聞いてたのか?」
 悪鬼って総悟のことなんだけど、と言おうとしても、盛り上がった近藤には通じない。
「カラクリ戦隊の生き残りか!? 過激派攘夷党の奴らか!? トシ、心配するな俺が護っ――」
 熱っぽい近藤の台詞を乾いた銃声が遮った。グハ、とくぐもった悲鳴を上げて、胸をピンク色に染めた近藤が倒れる。
「近藤さんゲーッツ」
「総悟てめェ……ッ」
 遊びとはいえ近藤が目の前で倒れたことで、土方の纏う空気がはっきりと変化した。
「逃げんのは終いですかィ」
 すらりと抜刀した土方に、沖田は銃の照準を合わせる。
「山崎、折れた虎鉄、近藤さん――あとはアンタが手に入りゃ、完璧でさァ」
「抜かせこの野郎……もう我慢ならねェ。斬る」
 怒りのオーラを隠しもしない土方に、沖田は冷めた視線を送る。
「ああやっぱりアンタは何も解っちゃいねェや」
「ほざけ!」
 土方が地面を蹴ったと同時に、沖田は引き金を引いた。



 今までとまるで違う種類の、重みのある銃声が耳に響いた瞬間、チリ、と土方の頬を熱い物が掠め去った。振り下ろした刀を寸でで止めて――頬の痛みに土方は顔色を失う。信じられない、といった色の瞳はやはり瞳孔が開いていて。
「総悟――」
「外しちまいましたねェ。俺の負けかァ」
 このままばっさりやられたら、俺の方が危ねーでさァ。
「総悟!!」
「……何ですかィ」
「てめっ……、今の……ッ!!」
 軽い恐慌状態に陥っているらしく、土方は落ちつきなく喚く。
「どうしたんだィ土方さん。もうボケ老人ですかィ?」
「今の、実弾だっただろーがァア!!!」
「……チッ」
「チッ、じゃねェよこの野郎ォ! 危うく死ぬとこじゃねーか!!」 
「っかしーなァ、俺ァ足を狙ったつもりだったのに」
「思いっきり外してんだよノーコンがァ!」
「失敬な、俺ァ昔スナイパーと呼ばれ……」
「……てたらいいなー、だろが! 呼ばれてねーんだよ!!」
「うるせーなァもう。……やっぱり当てときゃ良かった」
「ああ!? 今何てった!? 総悟!!」
「ヒジカタサンアイシテマスゼ」
 ぞわ、っと背筋が総毛立った。
「言ってねェ! そんなこと言ってねェェエ!!」
「鈍い人だなァ、察して下せェよそんなこと」
「察するかァ!!! ってかもう良い。俺ァ忙しいんだ……構うな」
 これ以上言い合いをしたところで時間の無駄だ。やるべきことはたくさんある。土方は無理矢理気持ちを切り替えて、沖田を解放する。――むしろ解放して欲しいのは自分の方だと思いながら。



「ホラ、近藤さん、起きろよ」
「あ? 何? もう終わったの?」
 土方は倒れたままの近藤に近づきしゃがみこんだ。うとうとしかけていたらしい近藤を起こして立ち上がり、そのままそこで交わされるやりとりを沖田は無表情で眺める。
 油断大敵ですぜ、土方さん。
 すっと、沖田の腕が持ち上がり、銃口を土方の背中に向けた。シリンダーは回っている。あとは引き金をひくだけ。
 さよなら土方さん。
 沖田は引き金を引く。カチリ、と音が鳴っただけで、弾は発射されなかった。それに小さく笑みを浮かべて。
「バァン!」
 びくっと、土方の体が震えたので、沖田は少しだけ愉快な気持ちになった。





040809
沖田×土方

「殺したいほど愛してますぜ」
「幻聴だ、幻聴」

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