ぱんつは何処




 ――でな、そん時のお妙さんときたらそりゃもう凛々しくってよォ! 戦女神光臨ってやつだよ、戦女神。んでもってよォ、戦い終えた後の姿がまた神々しいったらねェんだよ、菩薩の笑みだよ菩薩のよォ。お妙さァアアアん!! 惚れ直したぜチキショー!



 少々興奮気味な近藤が話しているのは、近頃江戸の娘達を悩ませていた『怪盗ふんどし仮面』だとかいうふざけたこそ泥のことだ。若くて綺麗な娘限定で下着を盗み、もてない男に配り回っていたという変態に、どうやら近藤が懸想している娘も被害にあったらしく、そいつを捕らえるために娘の家で罠をしかけて張り込んでいたところ、まんまと引っかかったのだという。近藤らの活躍でふんどし仮面はお縄となったわけなのだが――。嬉しそうにその時のことを話す近藤と、大げさにリアクションを返す隊士共を、土方は冷めた目で眺めていた。
 近藤が手柄を立てることは素直に嬉しいと思う。それはきっと他の隊士共も同じだろう。だからこそ皆、顔を輝かせながら近藤の話を聞き、賞賛の言葉を贈るのだ。
 だが――。
「銀時の背を踏み越えてお妙さんがな――」
 土方は無意識に、銜えていた煙草のフィルターを噛んだ。
 どうにも素直に喜べないのは、近藤の言葉の端々に出てくるあの名前のせいだ。
(っつか、何でいきなり名前呼んでんだよ)
 近藤が人懐こい性格なのは解っている。それが彼の長所であることも。呆れるくらいのお人好し――馬鹿正直だと揶揄される部分でもあるが、違う。近藤はとにかく懐が広いのだ。だからこそ真選組は一丸となって近藤の元に集う。その人徳は自分にはないものだということも土方には解っている。それでいい。自分は近藤になりたいわけではなく、彼の元に居たい人間のうちの一人なのだから。
 だがそれ故に――。近藤がその懐に坂田銀時を入れたのが気に入らないのだ。同じ場所にあの銀髪天然パーマが居るなんて、考えるだけで嫌だ。我ながら狭い心だと思うが。



「――というわけで、お前らもちゃんと提出しろよ」
 思い浮かべた坂田銀時の顔にむかついていたら、近藤の台詞を聞き逃していた。
「悪ィ、近藤さん。今何てった?」
「ん? トシ聞いてなかったのか。しょうがない奴だなァ」
 すまねェ、と土方が素直に詫びると、 いいってことよ、と言って近藤は白い歯を見せて笑う。人好きのする笑顔だ、と思うのはさすがに身びいきだろうか。だがその笑顔で近藤はとんでもないことを口にした。
「ふんどし仮面が配り回ってたパンツな。証拠品だから提出しろって言ったんだよ」
「――は?」
 土方は珍しくきょとんとして、近藤に聞き返す。
「だから、パンツだよ。盗まれた娘達のパンツ」
「いや、それは解るんだが……まさか俺達で回収しろとか言うのか?」
 それはいくらなんでも武装警察の仕事ではあるまい。土方が憮然とした面持ちでそう言うと、今度は近藤の方が「え?」と聞き返す。
「トシ、お前――貰ってないのか?」
「何をだよ」
「そうか。トシは貰ってないのか」
 土方の返事に近藤はしゅん、としょぼくれてしまった。
「って、なんだよその情けねー顔は!」
 飼い主に叱られた大型犬のようで――思わず頭を撫でてやりたくなるではないか。土方がその思いを自制しつつ叱咤すると、
「だって。貰ってないんだろう、トシは」
「だから何を――ってまさか!」
 ここへきてやっと土方は気付いた。「トシは貰ってないんだもんな」といじける近藤はまるで子供だ。土方は頭を抱えたくなった。
「貰ってねェなんて嘘つくのはやめろよ副長」
「そーだ! 男らしくねーぞ!」
「白状しちまえ!!」
 いつの間にか隊士連中まで必死になって土方を非難している。うんざりした声音で土方は呻いた。
「てめーらもかよ……」
 先程近藤は何の話をしていた? もてない男に娘の下着を配り歩いていたこそ泥の話だ。ああそうか。てめーら女の下着を盗むような変態にもてない男認定されたのか。そりゃー気の毒なこったな。
 ――話の全容が見えてきて、土方は深いため息をつく。
「なんだとぅ! 俺達ァ別に女物のパンツなんて貰っちゃいねーぜ!」
「屯所の入り口に段ボール箱が置いてあったこともねェ!」
「隊士の皆さんへってのし紙ついてたなんて事実もねェよ!」
 口々に真相をばらし始める隊士共に、
「喧しいわァ!! てめーらにはプライドってもんがねーのかプライドはァ!」
 とうとう土方はキレた。普段ならここで隊士連中は大人しくなる。はずなのだが、
「副長、パンツ貰ってないってことはもてるんだ……」
 誰かがぼそりと呟いた台詞が、もてない男と認定された連中に火を付けた。うぉおお!と野太い雄叫びがあがり、土方は不本意ながらビクリと身を竦ませた。
「副長ォ! なんであんたばっかりもてんだァ!」
「狡ィだろーがァアア!!」
「っと待ててめーら、俺は別にもててるわけじゃねーぞ!」
「嘘つくなァ!! だったらどーしてアンタはパンツ貰ってねえんだよ!」
「もてるからだろーが!!」
「嘘吐き副長なんざ死んじまえェ!」
「知るかァ!!……って誰だ今死ねっつった奴ァ!」
 土方も怒鳴り返すが、多勢に無勢。獣のように吠える連中相手では、どうしたって分が悪い。
「オイ、近藤さん。このアホ共になんとか言ってやってくれ!」
 手が着けられない。この場を収められるのは局長の近藤だけだと思うも、
「トシィ……なんで俺はもてねーんだろうなあ」
「って、勝手に黄昏れんな!!!」
 心ここにあらずといった様子の近藤に、土方はその頭を引っ叩きたい衝動に駆られたが、さすがに堪えた。
 このままでは埒があかない。けれど、この場から逃げ出すことは考えもしなかった。そんな状況を打破したのはある人物のひとことだった。
「土方さんは嘘なんかついていやせんぜ」
 騒然とした室内に、涼やかな声が響いた。



「総悟……」
 颯爽と現れた沖田を見て、土方が呻く。ややこしい奴が出てきやがった、と思っている。
 沖田の登場に喧噪がピタリと止んだのも腹立たしい。
「どういうこったよ隊長ォ」
 隊士共の中から声があがる。張りつめた空気の中注目を浴びている沖田は、プレッシャーなど微塵も感じさせない態度で土方の隣についた。
「実は俺ァそのふんどし仮面とやらに会ってんだィ」
「何ッ!?」
 驚いたのは土方だ。隊士達の間にもどよめきが走った。
「お前、どこでだ!?」
「土方さんの家の前ですぜ」
「はァ!?」
 さらに思いがけない告白に土方は素っ頓狂な声をあげた。予想外なのは隊士連中も同じだ。全員が目を丸くして沖田を注視している。
「土方さんちに下着を撒くかどうか悩んでたみたいでさァ。だから俺ァ、」
「ちょっと待てェ! おまっ、それどういうっ」
 沖田は動揺する土方を無視して言葉を続ける。
「――ここの家の人ァ真性のホモで女に興味がねェ。だから娘の下着を貰っても喜んだりしねェから、配るだけ無駄だぜ、って言ってやったんでさァ」
 沖田の言いぐさに土方は絶句した。ちょっと待てコラ――真性だ、と!?
 思わずさっと、目を走らせて。男が一人黄昏たままこちらには感心を寄せていないのを確認して、安堵する。
「総悟てめェ!」
 安心した途端、沖田の胸ぐらを掴まんとする勢いで激昂した土方だったが。
「副長水臭ェなァ!」
「そーいうこったら早く言ってくれねェと」
「さ、仕事仕事」
 先程まであれだけ煩かった隊士達が、晴れ晴れとした顔をして部屋を出始める。
「オイ、ちょっと待ててめーら!!」
「ほらほら局長、仕事仕事」
「オウ! 俺ァ他の女にフラフラしねーぞォ! お妙さん一筋だァ!」
 いつの間にか復活した近藤も、「お妙さァァァん!」と叫びながら飛び出していった。最後に残されたのは、沖田と土方の二人だけ。

 急に馬鹿らしくなって、土方は脱力した。
「良かったですねィ土方さん。誤解が解けて」
「……どこをどう曲解すればそんな結論が出るんだてめーは」
 むしろ新たな誤解を産んでるじゃねーか! と言い返す声にも覇気がない。
「大体てめー、ふんどし仮面とやらに会ったんなら、何でそん時にしょっぴかねーんだ」
「なんで俺がそんな面倒なことしなきゃならねーんですかィ」
「てめーは警察だろうがァ!」
「そんなことより土方さん」
「そんなことって、お前なあ」
「ふんどし仮面なんて変態が家の前まで来てたんですぜ。少しは気を付けて貰わねーと」
 馬鹿ばかり言っていた沖田が急にまともなことを言ったので、土方は咄嗟の言葉に詰まった。
「……別に、俺ァ若い娘じゃねーんだ。盗られるモンもねェよ」
 と答えても、苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。これでは阿呆隊士共のことは言っていられまい。
「ま、土方さんがイイなら俺は構わねえでさァ」
 てっきり弄られるものだとばかり思っていたら、あっさりと沖田が引いたのに拍子抜けした。拍子抜けついでに土方は、後ろめたい気持ちを誤魔化すように「殺気を感じたら直ぐに気付くからいいんだよ」などと言い訳を始める。
 ――確かに土方なら、殺気を感じればすぐに気が付くことだろう。そう、殺気なら。
 土方の言い訳を黙って聞いてやりながら、
(あんまり警戒されても困りまさァ)
 と、沖田は涼しい顔を保ちつつ、記憶に新しい土方の寝顔を思い浮かべた。





040805
沖→土→近
総悟が出るとどうしても話を持っていってしまう
(愛ゆえに……か)

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