この人の涙はきっと綺麗だろうと思った。ならば、俺のために泣いて欲しいと願った。願うだけじゃ足りなくなってどうしようもなくなった。
 だから、俺は行動に出た。




 透明な雫が溢れては伝い落ちている。
 土方の涙は思った通り、いやそれ以上に綺麗で、沖田はそのことに馬鹿みたいに感動した。
「土方さん……」
 頬を流れる涙は温かかった。彼の体温が伝わっている。それすら愛しいと思える自分は病気だと思う。濡れている彼の頬を指先で辿ると、嫌がるように首を振る。目を閉じた瞳から、涙は依然として流れ続けるまま。
 嗚呼、慰めてあげたいのに。
 欲というのは止まるところを知らない。土方の涙の原因が自分であることに喜びを感じつつ、これ以上泣かせるのは勿体ないとも思っている。
 そんなに泣いて、目が溶けちまったら困りまさァ。
「土方さん」
 そっと呼びかけると土方の体がぴくりと反応した。掠れた声で、「総悟」と呼ぶ。目は未だ開かない。
「何ですかィ」
 答えてやると、土方は絞り出すような声音でこう言った。
「二度とするな」
 沖田が犯してしまった過ちのことを言っているのはすぐに解った。そのために土方は今涙を流しているのだから。だが――沖田は答えなかった。しないというよりも、できない。だってこんなに綺麗で愛しいものを、これっきりで手放せだなんて。ましてや約束などできるはずもない。そう言えば怒りを買うだろうとは解っているのだが。
「だって土方さんの涙、こんなに綺麗なのに」
 嫌がろうが何だろうが関係ない。沖田は両手で土方の頬を挟み込む。流れる涙に唇を寄せ、雫を口に含んだ。驚いた土方が身を引こうとしても許さない。
 涙の生まれる処を舐め上げると、より一層固く目を瞑るのが可愛らしいと思った。
「止めろ総悟、」
「できやせん」
 土方は手を突っ張って沖田を退けようとする。突き飛ばして逃げようとしないのは、プライドか。それとも未だ説得するつもりなのか。――そんな無駄なこと。
「土方さんがこれからも俺のために泣いてくれるってんなら、もうしやせん」
 てめェ、と土方が低く唸る。何考えてやがる、と。
「俺ァ、アンタの泣くところが見たいんでさァ」
 それがどんな風に聞こえたかしれない。表情が見えないなら尚更。けれども土方は、間違った受け止め方はしないだろうと期待してみる。ただ、きつく歯を噛みしめているところを見ると、解ってくれても認めてはくれなさそうだと感じた。
「……てめェは、そんな、くだらねェことで……ンなこと」
 土方の肩が震える。くだらなくなどないのに、自分にとっては。
「次は許さねェ」
 濡れた瞳が初めて沖田を映し出した。相当な決意を伴って開けられたのだろう目の美しさに眩暈がしそうだ。
「ひじかたさん……」



「金輪際、催涙弾なんか使うんじゃねェ」



 未だぴりぴりする目に耐えかねて、土方はぎゅうっと目を瞑る。先程目に映った沖田の姿ときたら、つるんとした綺麗な顔をしていた。クソッ、なんでてめェはそんな平気な面してんだよ、と心中で悪態を付く。
「じゃあ俺ァどうやって土方さん泣かしゃいいんですかィ」
「泣かす必要ねェだろうがァア! 解れや!!」
 大体どういう理屈だ。ここは屯所で、敵地でもない、土方の執務室だ。
『俺のために泣いて下せェ』
 そういって催涙弾撃ち込んだ馬鹿が、見えはしないが目の前にいる。破裂音と白い煙。ガスマスクも無いのに不意打ちでそんなの撃ち込まれて、泣くなってほうが無理な話だ。しばらくは呼吸さえままならなかった。
「ちゃんと量は加減したんですがねィ」
「そういう問題じゃねェ! ってか約束しろ、解ったな、絶対だぞ!」
 じゃなけりゃ切腹だァ! と土方は叫ぶ。感情が高ぶったためか、ぼろぼろと涙をこぼすその姿に密かに欲情しそうになりつつ、沖田はのらりくらりと返事を誤魔化した。 

 




040710
泣かすのが駄目なら鳴かすのは有りですかィ?

イラストサイト様の絵を見て妄想したお話。
↑ってこういうのは有りですか……?
見つかって不快に思われたらどうしよう(どうしようってアンタ)

text