すやすやと沖田が眠っている。色素の薄いさらさらとした髪。日焼けしない白い肌。滑らかな頬に差す淡い朱色と、繊細な睫が落とす影。あまり背は高くなく、どちらかというとほっそりとした体型。少年の面影を多大に残した姿形で眠る様は、いっそ愛らしいともいえる光景だった。そりゃあ鬼の副長といえども、起こすのを躊躇う気持ちも解るってもので。
山崎は眠る沖田から、すぐ傍に立っている男へと目を向けた。いつでも戦闘態勢を取れる瞳孔が開き気味の男は、苦々しい顔をして足下を見下ろしている。その男は小さく舌打ちした。
「副長？」
くるりと身を翻した土方を呼び止めれば、不機嫌な顔が山崎を見る。
「あ、あの……、起こさないんですか？」
沖田隊長。と言外に告げる。土方はますます表情を険しくさせた。
「――あとでいい」
それ以上は何も言うことはないといった様子で、土方はスタスタと部屋を出ていった。残されたのは、眠る沖田と起きている山崎のみ。鬼だと称される土方が、居眠りしている隊士にお咎めなしだなんて。珍しいというか、意外というか。でも気持ちはよく解る。あんな寝顔を見せられたら、起こすのが忍びないという気持ちは。
そう思いつつ山崎は沖田へと顔を向けた。が、沖田は眠ってはおらず。
「あ、隊長、起きたんですか」
目を覚ましたらしい沖田は、上半身だけ身を起こして座り込んでいた。
「隊長？」
声をかけても返事がなかったので、もう一度呼びかけてみる。だがまたしても返事はなく、それどころか目を併せようともしない。山崎は不審に思う。
若干寄せた眉根とか、何も喋らない口とか。もしかして、気分でも良くないのだろうか。そう山崎が思ったとき。沖田は視線を床に留めたまま口を開いた。
「今さっき土方さん居たよなァ」
「ええ、いましたよ」
「……なんで起こさなかったんだィ」
そこではじめて沖田が山崎をふり仰いだ。ただ純粋に、真っ直ぐな子供の瞳。
「え？」
「なんで起こさなかったんだろ」
たじろぐ山崎に、興味を無くしたというように沖田の瞳が逸らされる。淡々とした口調は答など求めていない、独り言に思えたのだが。
「あー……あんまり無邪気な寝顔だったから」
そうぽつりと呟くと、沖田が再び真っ直ぐな瞳を向けてきた。
「毒気抜かれちゃったんですよ、きっと」
こんないかにもありがちな臭い台詞を言ってるだけでも照れくさいのに、じっと見つめられてしまっては余計に立つ瀬がない。落ち着かない心地の山崎に、「つまり」と沖田が声を上げる。
「俺の寝顔があんまり可愛いから起こすのが忍びなかったってことかィ」
冗談とも本気ともつかないのは、沖田の表情に何の色も浮かんでいないからだ。山崎は返す言葉を失ったが沖田にとってそれは大したことではないらしく、またじっと畳を見つめる。
「可愛い……だけじゃ困るんでさァ」
微かに呟いた声音は、どこか憮然としているように思えた。
翌日、沖田に言付かったものを仕入れてきた山崎は、それを手渡した。目的のものを受け取った沖田が懐からマジックを取り出す。名前でも書くのだろうか、山崎はそう思ったのだが。
「……何書いてんですか？」
思わず口を挟んでしまった山崎を振り返った沖田が、「目だろィ」と答える。いや、それは見れば解る。解るが何故。やはり、この人の考えることはよく解らない。
そんな山崎を余所に、アイマスクにふざけた両目を書き終えた沖田は早速それを身につける。両瞼の上にぴったりと収まったそれは、子供の落書きみたいな両目のせいでとても滑稽に見えた。
そしてそんな滑稽な姿のまま、ころりと横になったと思ったら、ものの数秒ですうすうと寝息を立て始めたのだった。
「……ふざけやがってこの野郎」
眠る沖田を見下ろしながら吐き出した声がひきつっている。土方の苛立ちを隣で感じながら、山崎は「そりゃ怒るよなあ」と思った。居眠りだってよくないのに、沖田の目を覆っているアイマスクときたら、悪ふざけの産物と呼べるものなのだから。
「オイ起きろ総悟。コラ！」
さすがに、天使の寝顔の時と違ってこのまま寝かせてやろうという気は起きなかったらしい土方が、沖田の頭をつま先で小突いた。「オイ」とさらに呼びかけて、ようやく起きあがった沖田がアイマスクを外す。
「なんですかィ土方さん。もう朝ですかィ」
「寝惚けてんじゃねーこのアホ。仕事中に寝る奴があるか。大体なんだそのふざけた物体は」
「アイマスクも知らねェなんて、土方さんって案外無知だなァ」
ふう、とため息をつけば土方はムキになる。剣を抜け、だの勝負しろ、だの喚く土方を沖田が適当にあしらうのも、すでに見慣れた光景で。そんな光景を見ながら山崎は密かに思う。
（……もしかして、構って欲しかったとか？）
ギャンギャン吠える土方と、無表情の沖田。いつも通りの光景だったが、ほんの少し、沖田の複雑な心情を垣間見た気になった。
040708
沖田→土方
構って下せェ。