はつけません





  勘弁して下さいよホントにもう。マジで。



 何故こんなことに。山崎は自分の腕を取り前を歩く沖田の姿を見ながら思った。急ぎ足なわけでもなければ、力を込めて捕らえられているわけでもない。けれども抗うことはできなかった。為すがままに腕を引かれるのは、自分より小さくて若くても沖田が上司だから、という理由だけではない。
 ――それは偏に、あの人が絡んでいるから。

 山崎が屯所に帰ってきたのは、夕刻を過ぎてからのことだった。ミントンに精を出していたら帰りが遅くなってしまい、あの人――副長の土方に見つからぬよう警戒していたというのに、庭に出ていたあの人にばったり鉢合わせてしまったのだ。というか、煙草の火を蛍と見間違えるなどという、ありえないミスをしたのである。そこで何故か、とても機嫌の悪かった土方に、流れに任せてうっかり告白してしまった。
 その現場を、恐らく沖田に見られた。
 見逃してくれ、と思う。土方だって、そんな変な意味には取らなかったはずだ。態度を見ればそれくらいは解る。でなければ山崎は今頃土方の手によって斬られるか殴られるかしているはずである。
 ただ、沖田はそういう理屈が通じない気がした。何を考えているのか読めない隊長。土方と別れた後、不意に肩を叩かれ振り返った時に見た笑顔には、本気で震え上がった。
「なァ山崎ィ」
 その沖田が突然、振り返りもせずに声を発する。
「へ? あ、ハイ。何すか隊長」
「土方さんすっかりご機嫌だったなァ。一体どんな魔法を使ったんだィ?」
「え?」
 聞いていたんじゃないのか? 
 しかしそんな質問をわざわざしてくるということは、沖田は山崎と土方のやり取りを知らなかったということになる。だからといって、まさか『好きです』と告白しただなんて言えない。山崎は言葉に詰まる。返事がないでも沖田は気にしないのか、足を止めはしなかった。
 目的もよく解らぬままに連れてこられたのは休憩室の前だった。何でここなんだろう、と疑問に思ったとき、沖田が勢い良く部屋の戸を開け放つ。
「オ、隊長!」
「隊長、どうでしたか!?」
 中からは切羽詰まった様子の声が次々とあがった。これは一体どういうことだ? と山崎がいまいち状況を飲み込めないでいたら、
「さァ皆、土方さんのご機嫌を直した魔法使いのご登場だぜ」
 取り囲んでいる一団に対して沖田がそんな台詞を放った。受け止めた同僚達が一斉に山崎に眼をくれる。その迫力に山崎は怯む。何? 何なんですかこの展開。
「山崎ィ? 一体どういう意味だそりゃァ」
 そんなのこっちが知りたい。話が読めない。土方さんの機嫌? 確かにとても機嫌が悪かったあの人。と、そこで山崎は「あ、」と土方の言ったことを思い出す。


『どうせてめェも俺のことが嫌いなんだろうが』


「……また副長苛めたんだ」
 ぽろっと零した文句に、周りを取り囲んでいた隊士達の顔色が変わった。
「何だとコラてめー山崎ィ!」
「ヒッ!」
 屈強な男共に囲まれ凄まれ、山崎は悲鳴を上げた。情けないと言うなかれ。今はこんな俺でも、一度仕事となればどんな奴等を相手にしようと怯んだりしません。敵でもなければ戦闘中でも仕事でもないから問題なだけで。
 強面連中のさらに恐い形相に恐れ入る。そんなのが詰め寄ってくるのだから恐いわ暑苦しいわで大変だ。ああどうせ殴られるなら、副長に馬乗りになられて殴られる方がいい。ずっといい。
 だが隊士達は山崎をどうすることもせず、肩に入っていた力を抜いた。
「苛めなんかじゃねェよ、あの人が勝手に誤解しただけだ」
「大体、俺達ァあの人のためを思って言ってやってんのに」
 なァ皆? と同意を求めれば、沖田と山崎を除いた全員が一斉に頷く。山崎がきょとんとしていると、隊士達は順を追うように話し始めた。
「副長、明日は非番だっつったら気ィ抜けるだろ」
「強くねぇのに酒好きだったりするもんだから、ちょーっと飲んだりしてよォ」
「そこらへんでごろっと寝ちまったり」
「いつもより無防備になってよォ」
「本人気付いてねェから厄介なんだよ」
「俺達だって間違いは起こさねェつもりだが万が一ってこともあらァな」
 堰を切ったようにあふれ出す土方への意見はどれも真っ当なものとは言い難く、一種異様な雰囲気が休憩室を包む。
「……で、つまり?」
 なんとなく解ってきたが、山崎は結論を求めた。隊士達は困ったように顔を見合わせる。
「帰れ、っつたんだよ」
 もしくは、せめて寝るのは一人で寝てくれと。
「そしたらあの人『そんなに俺が嫌いかよ』ってよォ……ンなの答えられるか。なァ?」
「俺ら困っちまって……そしたら隊長が――」
「土方さんが馬鹿な質問するからでさァ」
 沖田はしれっとしたものである。何せ、このお人ときたら土方苛めが大好きなのだ。きっと土方の傷口に塩だのカラシだの塗りこんだに違いない。
 案の定、沖田にトドメをさされた土方は、それはもうもの凄く機嫌を損ねたのだそうだ。わざわざ非番の日に仕事に出てくると宣言した程だから、その怒りは計り知れない。だが同時に、土方はとても傷ついたのだ。沖田を除く隊士達の良心はチクチク痛んだ。しかし今更自分たちが彼を追い掛けて様子を伺うなんて事はできない。そんな図太い真似ができるのは沖田くらいなもので。すがるように沖田を見れば、「面白そうだから行ってくらァ」と言って部屋を出たそうで。
 それは、諸刃の剣というやつではないだろうか、と山崎は密かに思う。現に、
「傷心の土方さんにつけ込んでアレコレできると思ってたのになァ」
 沖田はそんなことを言っている。うわぁ、と思いながら、何を言っても爽やかですっきりとした姿を見ていたら、ふと視線が交わった。
「けど山崎に先越されちまった」
 皆の視線が山崎に集中する。同僚達の目が「よくやった!」と褒めているのを見て、山崎は背中に冷たい汗をかくのを感じていた。いや、あの、そんな褒められるようなことはしてないので、と思う。そんな山崎の苦労を知ってか知らずか。いやきっとこのお人は気付いているのだろう――沖田は。
「よっぽど嬉しかったんだなァ土方さん。山崎に「好き」って言ってもらえて」
 と、宣った。
 ――やっぱり聞いていたんじゃないか!!!
 瞬時に真っ白になった頭が正常に働き初めるころ、ようやく山崎は結論にいきついた。つまりこの人はこのタイミングを狙っていたのだと。
「山崎ィ……てめェ……」
「ヒ!」
 いやあの、そんな変な意味で受け取ってませんってあの人。それに不可抗力でしょ。抜け駆けとか言わんで下さいよ。あの場にいてあんなこと言われたら誰だってそう言いますって。俺だって皆と一緒にこっちにいたらそんなこと言いませんって!



 ああ……勘弁して下さいよホントにもう。マジで。



+
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「オラァ! 山崎ィ!! てめェ何へばってやがるァ!」
「ス、スンマセンッ!」
 宣言通り、屯所に出勤してきた土方の怒号が飛んだ。気合い入りまくりの鬼の副長の実戦演習は、それはもう厳しいもので。
「……俺ァ言ったよな昨日。気張れってよォ」
 活き活きと隊士をしごいていた土方の機嫌が下降している。――真っ先に山崎がへたれたせいだ。そして当然のように沖田の姿は見えないし。
「スタミナ切れなんか起こしやがっててめェ……地獄見とくか?」
 苛立つ土方に、いや、それは昨日垣間見たんで。そう答えたかったが、言葉にならなかった。
 ――人を好きになるって結構辛いもんですね。
 う、っと吐き気がこみ上げる。ああそれでも。



 俺はあなたに告白したことを後悔なんてしてない。



「オイ山崎……やまざ……うわああッ!?」
 強く痙攣した胃と遠のく意識に土方の悲鳴を聞きながら、ただ、と山崎は思う。
 今度告白するときは、ちゃんと意味を解ってもらえるといいなーと。
 それっきり、山崎の記憶は途切れた。
  
  

 


040706
(色々)やっちまった山崎君。
ご、ごめんなさい……。

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