残り物にはがある?





『あ』
 と二人の男の声が重なった。
 声を上げた男の内、一人は縁側に腰掛けた真選組局長、そしてもう一人は庭を突っ切って歩いてきた真選組副長だった。 局長――近藤の手には空色をしたアイスキャンデー。対する副長――土方が持っていたのは夏に着るには暑すぎる黒い上着。

「タイミング悪ィなァ土方さん。これが最後の一本ですぜ」
 近藤の隣に腰掛けて、アイスを手にしていた沖田がそんなことを言った。



 屯所の冷蔵庫に一本だけ残っていたソーダ味のアイスに気付いたのは沖田だった。半分に割って食べる形のそれを近藤と分け合ったので、ほぼ同じ形状のものが二人の手にある。違いといえば、近藤のアイスは既に一口囓られているということくらいだろうか。
「トシ、俺の一口喰うか?」
 沖田提案の夏服を受け入れようとせず、暑さに耐えながら仕事をしている土方を不憫に思ったのか、近藤は手にしたアイスを差し出そうとする。
「餓鬼じゃあるまいし、別に要らねェよ近藤さん。アンタが全部喰えばいいだろ」
『せっかく冷たくて旨いモン持ってるんなら、近藤さんに味わって欲しいんだよ』
「あ? 今なんてった? お前ら、同時に喋るな」
 土方の台詞にかぶるように沖田が発言するものだから、聞いている近藤が混乱した。わざとそんなことをする沖田を睨み付ければ「土方さんの副音声ですぜ」と答える。
「何が副音声だ、ふざけんな」
「まあまあ。そんないじらしい土方さんに、俺のアイスを差し上げましょう」
「だから要らねェって……オイ」
 沖田が持っていたアイスキャンデーを差し出す直前、ペロリとそれを舐めたので、土方は顔をしかめた。
「はいよ」
「何でわざわざ舐めて寄越すんだよ」
「いいじゃねェですかィ。俺と土方さんの仲でしょ」
「どんな仲だ。てめーが舐めたんならてめェで喰えや」
「ったく、生娘じゃあるめェし。ちょっと先っぽ舐めたくらいで一々騒がんで下せェよ」
「なッ、誰が生娘だコラァ!」
「土方さん。って言ってもイイんですかィ」
「イイもなにも言ってるじゃねェか!! てめーだきゃァ斬る。叩ッ斬ってやらァ!」
「――トシ」
 肩に掛けた上着を縁側へと放り投げ、腰に差した刀に手をかけたところで、局長から待ったがかかる。
「何だよ近藤さん」
「そうカリカリするな、ホラ。これやるから」
 と言って、近藤が土方に突きだしたのは。下手糞な字で「当たり」と書かれたアイスキャンデーの棒だった。
「ほーら当たりだぞー。どうだトシ、嬉しいだろ」
「当ッたるわけねーだろがァア! 何自分で「当たり」とか書いてんだよ! 恥ずかしくねェのかアンタ!?」
 まったく、さっきから静かだと思ったらこれだ!土方が爆発すると近藤は「うっ」と喉を詰まらせ「何故バレた!?」などと言っている。いつまでも童心を失わない上司とじゃれていたら、
「まったく、静かにアイスも食えねェんですかィ」
 と、沖田が生意気な口を利く。
「もとはといえばてめェのせいだろうがァア!!!」
 土方が大口開けて叫んだ瞬間。狙い澄ましたかのように、沖田は素早くアイスキャンデーを土方の口に突っ込んだ。フグッ、とむせた土方は、キャンデーの棒を引っ掴み、口から出す。
「て、め、ェ、はァアあああ!!」
 何の真似だァ! と怒り最高潮な土方に、涼しげな顔をしながら。
「突っ込みたくなる土方さんの口が悪ィんでさァ。良かったなァ土方さん、濡れてたからするっと入ったじゃねェですかィ。――今度は違うモンも突っ込んでみてェや」
「上等だてめェ。俺がその性根叩き直してやるからそこへ直れ!」
「それより早く食べないと溶けますぜ」
 そう言って指を差したら、土方の注意が手に持ったアイスキャンデーに逸れた。舐めも囓りもしないまま放って置いたものだから、だらだらと溶けた雫が手に伝い落ちる。「うわ」と小さく声をあげて、土方は慌てて甘い雫を舐め取った。
「あーあー何やってんですかィ」
「うるせェェ」
「トシ、早く喰え喰え」
「だーっ、何で俺がこんな目に……っ」
 すでにベタつく手に辟易して、土方はアイスの棒を持ち替えた。とにかく本体を何とかしないことには、溶けだしていくばかりである。
「総悟! てめーなんとかしろっ」
「はいよ」
 とりあえずアイスを沖田に返して、手を洗いたい。そう思っているのに、沖田は土方のアイスを持っていない方の手首を掴んだ。は?と思う間を与えず沖田はちろりと舌を出して、土方の手を舐めた。
「って、お前何してんのォ!?」
「土方さんが何とかしろって言うから」
「そっちじゃねェェェ!!」
「オイ、トシ。振り回すな……って」
 その時。沖田の舌から逃れようと藻掻く土方の手から、つるりとアイスは逃げ出した。あ、と思ったときには、ソーダアイスは地面に落ちて潰れてしまった後だった。三人は無惨な姿になったアイスを見下ろす。そして沖田と近藤は、残念そうにも非難しているようにも見える微妙な表情を土方へと向けた。
「何でそんな顔して俺を見るんだよ」
「アイスが勿体ねェ……」
「だから振り回すなって言ったのによぉ」
 なー、と言って顔を見合わせる上司と部下に土方は、
「俺が悪ィのか!?」
 クソッ、こっちは被害者だぞ!と、ベタベタする右手を振って訴える。「俺だってアイス食べ損ないましたぜ」という部下には「てめェのは自業自得だ!」と言い返すことも忘れない。ふむ、と近藤が最もらしく腕を組む。そして。
「トシ、総悟、ついてこい!」
「はいよ!」
「あ? どこ行こうって……ぉわ!」
 立ち上がった近藤が土方の左腕を取った。後ろ向きのまま引っ張られ、慌てて足を運ぶ。
「ちょ、近藤さん? 止まれって。どこ行く気だよ」
「ン? どこって……スーパーか?」
「もしくはコンビニですぜィ」
「は? 何疑問系なんだよ。ってかスーパー? コンビニ?」
「アイス買いに行くからついてこいって。買い出しだ!」
「買い出しだァ!? 何馬鹿なこと――」
「だってお前食べられなかったじゃないか」
 アイス、と近藤が立ち止まって言った言葉に、土方は瞠目した。ついでに視線を感じたら、隣の総悟と目があった。小馬鹿にしているのかその笑顔。むっかつく。
 ――それよりなにより俺が。そんな言葉ひとつでちょっと浮かれる自分が馬鹿だって解ってんだよ。
「総悟だって食べ損なったし、ナァ?」
「近藤さん、俺ァハーゲンダッツが喰いたいですぜ」
「バカヤロー、そんな高級なアイスが食べられると思うなよ!」
 沖田の戯れ言を笑い飛ばした近藤だったが
「いやまて、ハーゲンダッツは確かお妙さんの好物だったっけ」
 と本気でぶつぶつ言いだした。やれやれ、と土方は肩をすくめる。
「なァ、近藤さん」
「――ここはやっぱりお妙さんの真っさらなイメージで……」
「それはいいから。手ェくらい洗わせてくれねェかなァ」
 腕をしっかりと捕らえられたままでは動くに動けないではないか。
「手なら俺が舐めてあげたじゃねェですかィ」
「……だから洗うに決まってんだろが」
 未だにふざけたことを言う部下に、土方は浮かれた気持ちを押し殺しながら渋面を作った。



 結局土方が手を洗えたのは、近藤がぶつぶつ悩んだ末のことで。
 その後三人で大量のアイスを袋に下げて歩く姿を町人が目撃し、冷蔵庫を開けた隊士は大いに喜んだらしい。





040702

「トウガラシ味のアイスってねェですかィ」
「あるわけねーだろアホ。えーっと俺は……」
「土方さんはリッチミルクで決まりでさァ」
「何勝手に決めてんだ」
「土方さんの舌の上で溶けるミルクはエロいねェ」
「……俺はガリガリくんでいい(ハーゲンダッツ高いし)」

夏話。

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