にも思わない




「トシ、すまん」
「アンタが謝るこたァねぇよ近藤さん。俺がヘマしただけだ」
「だが、」
「三日間暇を貰ったんだ。有り難く休ませて貰うさ」
 そう言って土方は、腰に下げた愛刀をまだ納得がいかない様子の近藤へと差し出した。
「これ、頼んだぜ」



+



 休日といっても謹慎中の身では出歩くわけにもいかず、家に閉じこもってもやることといえばテレビを見るくらいで。それも朝からとなればどうしたって飽きがくる。土方はテレビを消し、ついでに煙草も消して仰向けに寝転がった。
「暇だな」
「だったら遊んで下せェよ」
 独り言に返事があったことに驚き、反射的に起きあがろうとした瞬間、にゅっと現れたのは、聞き間違える筈もない声の主――沖田だった。気配が読めなかったことが面白くなく、お前どっから湧いて出たと言いかけて、玄関に鍵をかけていないことを思い出す。
「お前、仕事はどうした」
「近藤さんが見舞に行けって言ったんでさァ」
 そう言って沖田は、「差し入れですぜ」と、手に下げていた袋を体を起こした土方の鼻先へとつきつけた。
「差し入れだァ?」
 珍しく殊勝なことだと思い、袋を受け取り中を見れば。
 ――革の首輪にリード。麻縄、アイマスク、鞭に蝋燭、手錠にさるぐつわ。
 土方は無言でそれらを袋ごとゴミ箱に投げ捨てた。
「おや。お気に召しませんでしたかィ?」
「気に召すかァ! てめェ何持ってきてやがる」
「SM調教セット(初心者用)ですぜ」
「えすえ……ッ、って何だ初心者用って!」
「土方さん初心者だろィ? それともこんなんじゃ物足りなかったか」
「……もういい黙れ」
「自分が聞いたくせに我が儘な人だなァ」
「うるせェ! 変なもん持って来やがって! ……って、お前まさかその服のまま買ったんじゃねェだろうな」
 土方は真選組の制服を着込んでいる沖田を見て尋ねる。ニタァっと笑みを浮かべた顔にすこぶる嫌な予感がした。
「ちゃんと領収書も貰いましたぜ」
「俺の名前じゃねェかァアアアア!!!」
 予感的中。沖田が懐から出した領収書を見て土方は絶叫した。真選組の制服を着たまま妖しげなモノを買ったこともそうだが、自分の名前でサインされているなんて嫌すぎる。沖田が持っている書類を奪い取って破り捨てても、店の方にもそれは残っているのだ。嗚呼。
 許されるものならば、今すぐその店へ「御用改め」して書類を押収してしまいたい。
「タチの悪ィ嫌がらせしやがってこの野郎……差し入れならもっとマトモなもん持って来い」
 土方はささくれだった気持ちを静めるために、煙草を銜えて火をつけた。
「嫌がらせなんかじゃねェですぜ」
「だったら何だ? 本気かコラ」
 険悪に唸る土方にも臆することなく――といっても沖田が土方に怯えたことなど一度もないのだが――沖田は「本気も本気、大マジでさァ」と応えると、だってね、と付け加える。
「土方さん剥いて縛り付けて首輪はめて目隠しして、四つん這いにした白い背中に鞭の痕が赤く浮かび上がった様は、ちょっとそそるかなぁって思いませんかィ?」
 火のついた煙草を盛大に吹きだしてしまった土方は、慌てて拾って灰皿でもみ消す。
 まったく俺は落ちついて煙草も吸えねぇのか!
「俺の家でいかがわしい想像すんじゃねェ!」
「さるぐつわしちまうと声が聞けねェのが難点で」
「……それ以上言ったらマジで斬るぞ変態」
 土方の目に剣呑な光が帯びる。しかし。
「できるんですかィ? 刀もねェのに」
 さらりと返されて、土方はぐ、と言葉に詰まった。そうだった。謹慎を言い渡されて、愛刀は近藤に預けてある。ということはつまり、
「アンタの身を守るものはねェってことでさァ」
 ――こんな時だけ勘のいい変態部下なんて大嫌いだ。


+



「随分派手にやったもんだな総悟の奴ァ」
「呑気なこと言わんで下さいよ局長。ホント大変だったんスから」
 そこら中に散らばった木の枝を一つ一つ拾い集めている近藤に、ガラスの破片を箒で掃いていた隊士が抗議する。彼らは何をしているかというと、屯所の清掃と修理をしているところだ。
 土方が自宅謹慎となり、沖田にとっては煩い上司のいない絶好のサボり日和であろうに、何の気まぐれか普段は寄らない道場に朝っぱらからふらりと現れて稽古の相手になれと言い出した。丁度近藤は不在の折りで、沖田の相手が務まるような者がいるはずもなく。しかしそんなことにはお構いなしに、まるで台風のように沖田は竹刀を奮い、挙げ句の果てには真剣までも振り回した。おかげで被害は甚大。昼になり戻ってきた近藤が頓所の参状を見て、沖田に使いを言い付けたのだ。
『総悟君、ちょっとお使いに行ってくれるかなあ?』
 近藤のおかしな口調に突っ込むこともせず、無表情のまま素直に承諾した沖田を送り出し、残った隊士一同で台風一過の後片づけを始めた。耳を澄ませば、道場の床に開いた穴を補修する金槌の音が聞こえる。
「にしても、ほんと隊長はわかんねぇですわ」
 しみじみとそんなことを口にする隊士に、何が?と近藤は尋ねる。
「だってこんだけ暴れて顔色一つ変えねェんですから……。大丈夫ですかねぇ?」
 付け足された台詞は沖田に対してのものなのか、それとも沖田が向かった先の土方に対してのものなのか判断がつかなかったが、近藤はあっさりと、
「心配要らんだろう、トシの顔見りゃ落ち着くさ」
 と答えた。
「落ち着きますかねェ」
 逆に土方に斬りかかっていなければいいのだが、と隊士達は半信半疑だ。大体、沖田が暴れた理由だってよく解らないのだから、近藤がなぜそんなに落ちついているのかも、土方の顔を見れば落ちつくというのも不可解だ。解らないこと尽くしだと言ってみたら。
「そんなの。トシが居ねェのがつまらんかったんだろうよ」
「って、そんな理由ですかィ!!」
 随分と子供っぽい理由が返ってきて、一同は叫んだ。しかしおかしい。今まで土方が不在のことなど――それこそ非番の時など――いくらでもあった。だからといって沖田が一々暴れたりはしていない筈だと近藤に告げたら、今回のことはまた別だ、と返される。
「トシに不利益な状態が上から降りかかってきただろ。それが気にくわねェのさ総悟の奴は」
 確かに。今回の土方の謹慎処分は、真選組を快く思わない連中の差し金であることは承知している。大体、武装警察が出動するような事態が起こるというのはそれなりに緊迫した状況であるから、当然激しく敵とぶつかることもあろうし、そうなれば多少の被害はやむを得まい。賊を叩き斬るついでに、施設やら調度品やらを壊すことも厭わないのが真選組の特徴で。(むしろ土方や沖田は、護るべき対象が気にくわない時などは、巧みな剣さばきでわざと破壊を大きくする時もあったくらいだ)
 しかし今回はそこにつけ込まれてしまった。
『ちっとはりきり過ぎちまったか――ってアホくせェ』
 と土方は言った。本当に、阿呆な難癖をつけられたものだ。近藤も随分食い下がったのだが、謹慎三日という処分を覆すことはできなかった。だから近藤の手元には、土方から預かった刀がある。
「ま、トシが絡むとあんな調子だよ。総悟はトシが好きだからな」


 さらっと発した近藤の言葉に、周囲の者達は固まってしまった。


 土方本人が聞いていたなら、力一杯否定して異論を唱えることだろう。
『ありえねえ! それだけはありえねえから止めてくれ近藤さん!』
 必死な副長の声が今にも聞こえてきそうである。
(好きっていったって色々あるでしょうに)
 近藤は一体どういう意味で言ったのだろうか。しかしながら、それを追求できるような勇気を持つ者はその場にいなかった。
「あいつら今頃何してるだろうなァ」
 屯所を出る前にいくらか持たせてやったが、沖田は見舞いに何を持っていっただろうか。近藤は今この場にいない大切な仲間二人に想いを馳せた。


+


「土方さーん、ドラマの再放送始まっちゃいますぜ」
「……そんないつまでも拗ねんで下せェよ。ローション忘れたくらいで」
「うるせェェ!! もうお前帰れ!」
「まあまあそう言わずに、次はちゃんと持って来やすから。ホラ、差し入れのバナナでも食べて下せェ」
「いるかァ! つーか来んな! いいから帰れ!」



 まさか帰るべき屯所が壊されるところだったなど、土方は夢にも思わない。それが自分のためだなんて尚更。

 ――いつだって、真相は本人だけが知らないのだ。
 




040616
最後が纏まらなくて……
もういいや!とアップしましたが。
総悟は近藤さんのことも好きなので
土方が謹慎になったことで近藤が責任を感じると
その影響も受けてしまいます。
といいたかったのに入れられなかった……。

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