春に





 ――父上、やっぱり花見は大勢でやるものですね。




 場所取りで揉めた時はどうなることかと思ったが、馬鹿な勝負が有耶無耶のうちに終わった後の真選組との花見は思いの外楽しいもので、新八は彼らに対する認識を改めた。ゲームに参加していた三人――姉のストーカーである局長、銀時との因縁持ちらしき副長、夜兎族の神楽と対等に渡り合う童顔の隊士――はいずれも癖の強い者達だったが、その三人を除けば、後は強面だが割合気のいい、つき合いやすい連中ばかりだった。今杯を傾けている山崎などは、見た目もごく普通の青年で言葉遣いも穏やかなのでとても話しやすく、グラスを片手に仕事の愚痴をいう様はまるで新人サラリーマンのようだ。新八もジュース片手に日頃から溜まっていた鬱憤をここぞとばかりに吐き出していた。
「ホント参っちゃうんですよ銀さんには」
 と新八が銀時の糖分過多だとか、死んだ魚のような目だとか、お金に縁のない生活などを切々と語ると、山崎はうんうんと頷いて「わかるよ新八君、きみも苦労してるんだね」と慰めてくれる。そういう山崎の愚痴は終始副長の土方のことに徹していて、例えば乱暴で物騒な性格だとか瞳孔の開きっぱなしの目だとか、ミントンをやっていたら殴られることなど、色々と不憫な状況を語ったので、新八は「ミントンは違うんじゃねーの?」と思いつつも山崎の境遇に大いに同情した。だって副長はアレで局長はストーカーだ。これに同情しなくて何に同情するというのだ。ついでに姉へのストーキングを止めさせてくれないかと持ちかけてみたら、山崎は「そうですねぇ」と新八の姉――妙のせいで戦闘不能に陥った近藤を見て黙りこんだ。そして、空になったグラスに手酌でビールを注ぎ入れて、飲み干す。

「……でもね新八君」
 おもむろに口を開いた山崎の声が、それまでと違って随分しんみりとしたものだったので、新八も思わず居住まいを正す。
「うちの局長は本当にいい人なんですよ」
 ござの上に転がされて白目を剥いている近藤を見守る姿から、彼が心底近藤を慕っているのだということが解る。山崎は「確かにストーカーなんですがね」と苦笑しながら話を続けた。
「でも、この人が居なかったら、俺達ぁ路頭に迷っていただろうと思います。もしかすると、ヤクザな道に足を踏み外していたかもしれない。けど、この人が居て、俺達を拾ってくれて――」
 住む処と食べ物を与えられ、自分達はまともな人間になれたのだという。
 それもまた廃刀令の煽りで住処も誇りも失うことになるのだが、それでも近藤は豪快な笑顔を絶やすことなく、落ち込んだり腐ったりする仲間を励まして勇気づけて。そしてある日ふらりとどこかへ消えたと思ったら帰ってきて『今日から俺達は幕臣だ』と奪われた刀を取り戻してくれたのだという。
「だから俺達は、この人にはいくら礼を言っても言い足りない程の恩があるんです」
 と山崎は、そう遠くないだろう過去の話を、とても懐かしそうに話した。
 へぇ、と新八は感心する。まさか姉のストーカーのゴリラ男にそんな大層な過去があったとは思わなかったからだ。けれど。
「僕は、近藤さんのこと嫌いなわけじゃないです」
 新八の口からそんな言葉が飛び出したので、山崎は意外な顔をする。
「え? でもストーカーですよ?」
 確かに近藤は妙につきまとっている。姉は気味悪がっているし実際新八もキモイと思っているのだが。
 何故だか、憎めないのだ。
 
 それに、これは口にしたら絶対姉にボコボコにされるから言えないのだが。近藤は少しだけ、父に似ているような気がした。
「ほんと、ストーカーでさえなければねえ」
 姉を任せてしまいたいけれど、と思う。そういう気持ちが伝わったのか、山崎は小さく笑んで「本当にねえ」と応えた。




 楽しい宴もそろそろ収束の気配が漂いだした頃、新八は銀時の姿が見えないことに気付いた。最後に見たのは桜の木を切り倒した場面で、それ以降は新八も馬鹿二人を放って、勝手に真選組の面々と飲み始めたので、その後の銀時の姿を見た覚えがない。そういえば一緒にいた筈の土方の姿も見えない。銀時はともかくとして、土方の事は一応伝えておいた方がいいかと思って、新八は帰り支度を始めていた山崎にそれを伝えた。副長の不在に気付いていなかったらしい山崎は周囲を見渡してため息をつき、土方への苦言を口にした後「わざわざありがとうございます」と新八に礼を言った。
 ほんとにあの人達ァ何処行っちまったんでしょうねえ。
 銀さんも、変なことしてなきゃいいけど。
 そうですねぇ。何せうちの副長、酔うと色香が増しますからねぇ。
 あー、そうなんですか大変です……ね?

 今何かおかしな事言わなかったかこの人!?
 新八は驚愕して山崎を見上げた。冗談を言った風でもなく、けろりとした山崎の顔。どうしました?と聞かれて返答に困った。僕の聞き間違いだろうか?
「……副長さんって、酔うとどうなるんですか」
「え?」
「あ、いや、別にいいんですごめんなさい」
 そうだよ聞き間違いだよきっと酔ったんだな僕。お酒は全然飲んでないけど、周りが飲んでるんだから雰囲気に流されて酔った気になっているんだよあっはっははは。
「そーですねえ。普段も時々ガードが甘い時あるんですけど、酔うともっと甘くなるみたいなんですよね。まあお酒弱いんでどうしようもないんですけど、時々無性に押し倒したくなるっていうか――」
「なんかおかしいよアンタ!」
 ビシイ!と思わず突っ込んでしまった。ツッコミ役の性だ。それこそどうしようもない。
 好青年だったはずの山崎は首を傾げて「おかしくないですよ」と言い返す。
(酔ってる、酔ってるんだこの人絶対!)
「だって可愛いんですよ? 局長と話してる時なんて笑顔が違うし。ああ寝てるとことかもかなりキますね。だからあんまり寝姿見せないでほしいって皆で言ってるんですけど」
「聞いてねえよ!! っつかアンタら皆そうなのかよ!!」
 ああ、なんてツッコミ甲斐があるんだろう。こんな真顔の酔っぱらい見たことないよ。ていうかマトモじゃないのか真選組。警察組織がこんなんでいいの?くそう、酔っぱらいどもめ!
 そう思った途端、新八も叫んでいた。
「銀さんだって可愛いですよ! もういい大人だってのに甘いもの好きだし! 糖分足りなさすぎると苛々通り越してへろへろになっちゃって、くたぁってしてるとこなんか頭撫でてあげたくなっちゃうんですから!」


 ダサい。俺の父ちゃんパイロットって言ってる子供なみにダサい。そう自覚しつつも、新八は退けなかった。僕は酔っているんだ。酒じゃなくて、きっとこの雰囲気に酔ってしまったんだ。
 春、春って恐いな。



 けれども、春に酔った心地は案外悪いものではないなと新八は思った。

 


040612
真選組→近藤、真選組→土方、新八→銀時
真選組代表山崎でお送りいたしました。
どうしても近藤愛を入れたくなっちゃった。

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