季節はずれの





 土方だって、こんなことになるとは予想もしていなかったに違いない。これは売り言葉に買い言葉というやつで、普通ならそんな餓鬼っぽいことを言うこともなかった。


『てめェら、そんなに俺が嫌いかよ』


 まさか、それを口にした瞬間、場が静まり返るなど。どこかで「やっぱりな」と思う気持ちもあったが、土方だって多少はショックだったのだ。それなのに沖田ときたら
『土方さん、何でわざわざ自分から傷つくような質問するんですかィ?』
 なんて言って盛大に塩を塗り込めるものだから。翌日が実戦訓練だったことを思い出して
『てめェら明日は覚悟しとけよ。地獄見せてやらァ』
 なんて捨て台詞を吐いてしまった。後悔したってもう遅い。明日は非番だったが、絶対に出てきてやると心に誓う。スタァン!と思い切り閉めた襖の向こうは、きっかり十秒後には大騒ぎになっていたが、土方は部屋に戻ることは無かった。




 山崎が真選組屯所に帰ってきた頃には、辺りは夕闇に満ちていた。おかげでラケットを小脇に抱えていても、目立たなくて助かるというものだ。ミントンに夢中で気付いたらこんな時間になっていました、だなんて土方に知られたらどつき回されるのは必至である。後ろめたさよりも恐怖が勝ち、「どうか副長が出てきませんように」と心の中で祈りながら、こそこそと屯所の門を潜った。
(あれ……? 蛍?)
 土方に遭遇する危険をできる限り忌避するため、庭を突っ切ってラケットを仕舞いに部屋へと向かっていた山崎は、薄闇の中にポツリと浮かんだ小さな明かりに目を奪われ、季節外れの蛍が飛んでいるのかと思い無防備に近寄ってしまった。
(ヒ!)
 光の発信源を目視できる位置まで来て、山崎は盛大に後悔した。夏でもないのに蛍などいるはずもなく、夏だとしても真選組屯所の庭にそんな風流なものがいるはずもないのだ。考えれば解ることではないか。
 蛍の正体は煙草の火だった。それが、隊士の誰かが吸っているなら山崎も軽く挨拶して通り過ぎるところだ。しかしそこに居たのは、今一番会いたくなかった土方その人だったのである。
(どうしよう、殴られるかなあやっぱり)
 このまま知らんぷりして引き返そうかと思ったが、特に目隠しになるようなものもない庭で山崎から土方が見える以上、相手からもこちらが見えるのは当然の話である。それに、まさか蛍が土方だとは思わなかったから、近づくときに足音をさせてしまっている。今のところ土方は何も言ってこないし、こちらを見もしないけれど、山崎に気付いていたとしたら無視するのは危険すぎる。
 今や土方に「殴られない」という選択はない状況にあるのではないか、山崎は絶望的な結論に行き当たりつつも、どうにか回避できないだろうかと考えた。そうだ、いざとなったら
(逃げよう!)
「オイ」
「ギャア!」
 突然土方に声をかけられ、動転した山崎は悲鳴を上げて持っていたラケットを取り落としてしまった。
「ッ、何だてめェは……。そこで何してた」
「うわ、あの、ハイ」
(てか、機嫌悪ッ!)
 言葉の端々から口調から、土方の機嫌の悪さが滲み出ているようで、山崎はかなり本気で逃げ出したくなっていた。何せこの副長ときたら、苛々しているときに人に八つ当たるなど朝飯前なのである。山崎はそういう時に矛先を向けられることが多かったから、今回も取り落としたラケットを理由に追い掛けられてタコ殴りにされるのだろうと思ったのだ。ところが、土方は山崎が落としたラケットのことには何も触れず、ただ舌打ちをしただけだった。いつもと違う対応に山崎は違和感を覚える。どうかしたんですか?と尋ねる前に、土方の方が口を開いた。
「どうせ、てめェも……」
「?」
「俺のことが嫌いなんだろうが」



 ……は?



 一体この人は何を言い出すのか。山崎は面食らってしまった。
 不貞腐れたような口調で言い捨てた土方は、今はぷいと顔を背けている。その後ろ姿は怒っているというよりもむしろ――
(もしかして、拗ねてる?)
 今の今まで屯所にいなかった山崎には、何があったのか解らない。けれどこれは紛れもなく拗ねているのだと解る。ふくれっ面こそしていないが、真選組副長ともあろう人が、まるで子供のように拗ねているのだ。その様子に思わず、可愛い、と思ってしまった。だから、知らず知らずのうちに山崎は顔を綻ばせていて。
「好きですよ」
 自然と本音が口をついて出ていた。
 振り返った土方は、まるで珍獣でも見るような顔をしていた。
「煙草、落ちましたよ」
「っ、ああ」
 ぽかん、と口が半開きになっていては煙草も落ちようものである。だが、そんな呆けた顔をしてしまう程に、山崎の告白は予想外だったのだ。
「てめェ、嘘ついたら――」
「何で嘘つく必要があるんすか」
 もしも山崎が最初から屯所にいて、隊士達と土方とのやり取りを見ていたなら、山崎一人が土方の味方になるような真似はしなかっただろう。けれど山崎はそんなこと知らない。そして庭には土方と山崎の二人しかいない。気を遣うような相手もいない。
「俺、副長好きですよ」
 そりゃ、しょっちゅう怒鳴られるし追い掛けられるしどつかれるし斬られそうになるしマウント取られてタコ殴りにもされるけれど。
 冷めているようでいて結構熱かったり、近藤局長に忠誠誓ってたり、それ以上のもの持ってたり、沖田隊長に苛められたりする副長が本当に好きなんです。
 ありったけの気持ちを込めた言葉に嘘なんてない。それが見抜けない土方でもなく。
(どうせこいつのこったから精々本音言わずに口篭もるくらいだろうと思ってたがよ)
 土方も、自分が山崎に当たることが多いことなど百も承知で、だからあんな質問を投げかけられたら、山崎は『嫌い』と言わずに言葉を濁すかと思っていたのだ。それなのに山崎ときたらあの告白。
 参った。一本取られた。
 山崎なんかにと思う反面、どうやら自分は相当へこんでいたらしいとも気づき、矢鱈自分が格好悪く思えてきた。
「あ〜、クソ、このヤロ」
「副長?」
「俺ァ帰る。お前も行け」
「あれ? もう帰るんですか?」
「……煩ェな」
 折角直った機嫌が降下する気配を感じて、山崎はギクリと身を竦ませた。だが凄んだのはそこだけで終わり。
「ああそうだ、明日は実戦演習だからな。気張れよ」
「え、だって副長明日は非番……」
「何か問題あるか?」
 ニヤリ、と笑った顔がやけに嬉しそうで、思わず見とれてしまった。「じゃあな」と珍しく挨拶までして帰る土方の背中をぼんやり見守っていた山崎だったが、「お疲れさんです!」と慌てて頭を下げた。
 顔を上げた頃には土方の姿は無く、瞼に焼き付いたのは最後に見せたあの笑顔。
 取り落としたままだったラケットを拾い上げ、何だかんだいって今日はいい日だったなあと思っていた山崎だったが。



 ぽんぽん、と叩かれた肩に振り返ればニタァと笑う沖田隊長の姿。
 それだけでも結構恐怖だというのに、腕を引かれるまま休憩所に連れて行かれた山崎は、
(ああやっぱり蛍に近づくんじゃなかったなあ)
 とちょっぴり後悔した。

 





040602
山土で告白までしてますが
土方はあくまでも仕事仲間としてしか思ってません。
真選組隊士(その他大勢)から歪んだ愛を持たれている土方さんでした。

text